名城大学理工学部 応用化学科 永田研究室
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ブログ「天白で有機化学やってます。」 ブログ「天白で有機化学やってます。」

有機化学基礎・有機化学2の成績2025/09/02(火)

前期の成績が確定しました。1年生配当の「有機化学基礎」と2年生配当の「有機化学2」の成績分布を公開します。前回はこちらです。

まず、1年生配当の有機化学基礎の成績分布です。

合格率は、3年連続で 83% となりました。しかし、去年と比べると平均点が4.1点下がり、60点台の人の割合が急増しました。今後に不安を感じさせる結果です。

順位則(の誤解)」について取り上げたときにも思っていたことですが、1つ1つの事柄に、もっと丁寧に向き合ってほしいなと思います。「ちょっとわかった気になった」段階で、考えることを止めてしまっているように感じるのです。「問題が解ける」「テストで点を取る」ことを目標にしていると、そのレベルで止まります。「解けた」時点で目標達成だと思ってしまうからです。

大学の勉強というのは、そういうものではないのです。「有機化学のプロフェッショナル」としての、ものの考え方を身につけないといけない。有機化学は経験的な学問ですから、「どういう実験事実が存在するのか」と「それをどのように解釈するのか」が考え方の根元にあります。自分で「実験事実」を体験していなくても、講義内容や教科書を丁寧に読み解けば、「先人が到達した実験事実」と「その解釈」の関連が想像できるようになるはずなのです。それが大学で有機化学を学ぶということです。

また、有機化学はすべての単元がつながっていますから、「わからないところ」が1つでもあると、それが他の単元に大きく影響します。合格レベルに到達するには、すべての単元を捨てずに勉強することは必須だと思っておいてください。

次に、有機化学2の成績分布です。

なんとぴったり 50% です。不合格者の得点は、去年は40点台前半がやたら多かったのですが、今年はなだらかに分布しています。逆に、合格者の一部が突出して高得点になっています。高いレベルで理解している人と、そうでもない人との差が開いてきた、ということですね。

不合格だった人の試験答案を見ていると、勉強のやり方にムラがあるな、と感じることが多いです。多段階の反応を最後まで追いきれないとか、特定の反応について全く何も書けないとか、持久力がないんだろうな、と思います。これには簡単な対策はないので、とにかく「頭の体力」をつけてもらうしかないですね。

私はスポーツには全く縁のない者なのですが、大学生の勉強はアスリートのトレーニングに通じるものがあるんじゃないか、と最近感じることがあります。一時、「体幹トレーニング」というのが流行しました。難解な議論を自己流に曲げて解釈する人(順位則(の誤解)のときに書きました)を見ると、体幹が弱いために当たり負けするプレイヤーと似ているな、と思います。多段階の反応を最後まで追いきれないのも、基礎体力が足りなくて最後の壁を越えられないプレイヤーを想像してしまうのです。今の学生は「コスパ・タイパを重視」しますが、そんな調子では「知の体力」はつきません。浅い知識だけ身につけたひ弱な姿で社会に出たところで、満足な結果が出せるわけないじゃないですか?

大学に来た以上は、プロの知識人を目指してください。もちろん、本当のプロは博士号を取るのがスタートラインですから、学部・修士レベルでは「それなり」ではあるのですが、志は高くもっていただきたいと思います。

生成AIに頼りすぎると「頭が悪くなっていく」?2025/08/28(木)

 以下のポストが話題になっていますね。

紹介されている研究について、元論文を探してみました。これですね。専門外ではありますが、読んでみました。

ACM Conferences

The Impact of Generative AI on Critical Thinking: Self-Reported Reductions in Cognitive Effort and Confidence Effects From a Survey of Knowledge Workers | Proceedings of the 2025 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems

The rise of Generative AI (GenAI) in knowledge workflows raises questions about its impact on critical thinking skills and practices. We survey 319 knowledge workers to investigate 1) when and how they perceive the enaction of critical thinking when using GenAI, and 2) when and why GenAI affects their effort to do so...

(2025年04月25日)

MDPI

AI Tools in Society: Impacts on Cognitive Offloading and the Future of Critical Thinking

The proliferation of artificial intelligence (AI) tools has transformed numerous aspects of daily life, yet its impact on critical thinking remains underexplored. This study investigates...

(2025年01月03日)

1つ目の論文は、マイクロソフトとカーネギーメロン大学の共同研究で、知的労働に従事する319人を調査して、生成AIを仕事に使う際に「批判的思考(クリティカルシンキング)」をいつ・どのように・なぜ行ったかを解析したものです。ここでの「批判的思考」は、生成AIが出した答えに対して、批判的に検討して次の行動(別のプロンプトを出す、答えを改良して成果物を仕上げるなど)を起こすことを指しています。その結果、生成AIの判断を信頼する人は批判的思考が少なく、自分の判断に自信を持つ人は批判的思考が多い、という傾向が見られました(そりゃそうでしょう)。

著者たちがこの研究を行った動機は、「生成AIは今後どのような機能を持つべきか」という問いであるようです。"Discussion"の章でその議論が行われています。上記の結果を受けて、著者たちは「(生成AIの)デザインは、これら(生成AIの判断への信頼と自分の判断に対する自信)のバランスをとることに注力すべきである。目標は、AIによる仕事の質を向上させることと、ユーザーが自分のスキルを開発するための力になる(そしてAIとのバランスのとれた関係を保つ)ことである」と述べています(6.1.1の第3段落)。

2つ目の論文は、スイスビジネススクールの研究です。AIツールが批判的思考能力にどのように影響を与えるのか、およびその影響に「認知的オフロード」がどう関わっているか、について検討しています。「認知的オフロード」とは、人間が脳で行う情報処理・記憶・判断などの機能の一部を、外部の道具に委ねることを指します。英国在住の666人に対して調査しています。

この論文には、肝心なところにエラーがあります。Table 3 は「AIツールの使用と批判的思考の相関」を示す、と本文にはありますが、Table 4 と全く同じ表が誤って掲載されています。このデータはこの論文の根幹になる重要なもののはずなので、このエラーはちょっといただけませんね。不注意な誤りに対する揚げ足取りのように思われるかもしれませんが、論文の根幹をなすデータに不備があるようでは、論文そのものの信頼性が疑われても仕方がないと思います。査読者は何をしてたんだ?? また、4.4 で再三登場する Table 6 は Table 7 の誤記でしょう。

本研究で、AIの使用頻度が高い人は、批判的思考が弱い傾向があることがわかりましたが、類似の結果は他の研究でもすでに得られていたようです(1つ目の論文でも似た結果が得られていました)。本研究での新たな知見の一つは「AIの使用頻度と批判的思考の相関には、認知的オフロードの多さが関連している」ことだということです(5.1の最初の2行)。このことから、特に教育環境において、「AIの利用と、批判的思考を促すこととの間のバランスをとる」ことが重要だ、と主張しています(5.2の5〜6行目)。これは1つ目の論文と同じ結論です。

今回紹介した2つの研究は、生成AIの使用と批判的思考能力の間に「負の相関がある」ことを客観的に明らかにしたものです。ここから「生成AIに頼りすぎると考える力が育たない」(頭が悪くなる?)という結論は直接には導かれません。明らかになったのは相関関係であって、因果関係ではないからです。生成AIを過度に使うことによって、「考える力が育たない」あるいは「考える力が衰える(頭が悪くなる?)」かどうかは、別の研究としてこれから明らかにするべきことです。ただし、どちらの論文でも「AIを使う場合は、同時に批判的思考を促す仕掛けが重要だ」という結論は一致しています。

「批判的思考能力」(要は「自分で考える力」)を育てることは、教育機関にとって大変重要なミッションです。1つ目の論文では、意欲的な人は「生成AIを使いつつ、それを使って自分の思考能力を向上させる」ことに価値を見出している、と報告されています(4.3.1、"Skill development"の節)。「自分の思考能力を向上させる」ことに価値を感じてもらうこと自体が、教育機関の果たすべき役割でもあるでしょう。

NMRのシミュレーションをPythonでやってみる2025/08/06(水)

有機系の学生実験で、1H NMR スペクトルの測定を行います。装置の周波数が 60 MHz であるため、シグナルの重なりが頻繁に起こります。そうすると、有機化学の教科書に書いてある通りのスペクトルには見えなくなり、解釈に苦労することになります。例えば、下のスペクトルの 1.4〜2.1 ppm の間のシグナルはどう解釈すればいいのでしょうか。

この化合物には、「エチル基」があることがわかっているとしましょう。そうすると、エチルパターン(四重線+三重線)の存在が予想できます。1 ppm 付近に三重線が見えていますから、1.4〜2.1 ppm のところに四重線があるはずです。そこまで考えれば、頭の中でスペクトルを下のように分割して、「四重線と一重線が重なって見えている」という解釈が引き出せます。

こういう作業は、NMR スペクトルを見慣れてくれば自然にできるようになるのですが、最初は考えるためのヒントが要るかもしれません。上のように、分割したスペクトルと、それを重ねたスペクトルを、それぞれ作図できると役に立ちます。このような図を描くためのツールを見つけました。Python の nmrsim モジュールです。

上の図を描くには、以下のようにコーディングします。まず、エチル基・メチル基・TMS のそれぞれのシグナルを含む Spectrum オブジェクトを作成します。

#  Requirement: nmrsim, numpy, matplotlib

import nmrsim as nmr
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
import matplotlib.ticker as ticker

#  Instrument/spectrum settings
freq = 60.0
width = 3
dmax = 5.0
dmin = -0.5
points = 1024

#  Ethyl pattern
delta = np.array([1.76, 1.76, 1.03, 1.03, 1.03])
j = np.array([[0, 0, 7.2, 7.2, 7.2],
              [0, 0, 7.2, 7.2, 7.2],
              [7.2, 7.2, 0, 0, 0],
              [7.2, 7.2, 0, 0, 0],
              [7.2, 7.2, 0, 0, 0]])
ethyl = nmr.SpinSystem(delta * freq, j, w = width)
spec_ethyl = nmr.Spectrum([ethyl], vmin = dmin * freq, vmax = dmax * freq)

#  Methyl and TMS singlets
methyl = nmr.Multiplet(1.53 * freq, 6, [], w = width)
tms = nmr.Multiplet(0, 1, [], w = width)
spec_methyl = nmr.Spectrum([methyl], vmin = dmin * freq, vmax = dmax * freq)
spec_tms = nmr.Spectrum([tms], vmin = dmin * freq, vmax = dmax * freq)

Spectrum オブジェクトの lineshape メソッドを使うと、x 方向・y 方向の数値化データを取得できます。これを matplotlib で描画すればよいのです。

#  Line shapes
spec_x, spec_ethyl_y = spec_ethyl.lineshape(points = points)
_, spec_methyl_y = spec_methyl.lineshape(points = points)
_, spec_tms_y = spec_tms.lineshape(points = points)
ymax = np.max(spec_methyl_y)

#  Draw figures
plt.rcParams.update({'lines.linewidth': 1.0})
plt.rcParams.update({'axes.linewidth': 1.0})
plt.rcParams.update({'font.size': 9})
fig = plt.figure(figsize=(15/2.54, 9/2.54))
ax = fig.add_subplot(111)
ax.plot(spec_x / freq, spec_ethyl_y + spec_methyl_y + spec_tms_y, "k")
ax.set_xlim((dmax, dmin))
ax.xaxis.set_minor_locator(ticker.MultipleLocator(0.1))
ax.yaxis.set_visible(False)
plt.subplots_adjust(top=0.97, left=0.03, right=0.97, bottom=0.08)
plt.savefig("../20250805-01.png", transparent=False, dpi=72)

fig = plt.figure(figsize=(15/2.54, 12/2.54))
ax = fig.add_subplot(111)
ax.plot(spec_x / freq, spec_methyl_y + ymax * 0.5, "r", lw=1)
ax.plot(spec_x / freq, spec_ethyl_y + ymax * 0.25, "g", lw=1)
ax.plot(spec_x / freq, spec_tms_y + ymax * 0, "b", lw=1)
ax.set_xlim((dmax, dmin))
ax.xaxis.set_minor_locator(ticker.MultipleLocator(0.1))
ax.yaxis.set_visible(False)
plt.subplots_adjust(top=0.97, left=0.03, right=0.97, bottom=0.08)
plt.savefig("../20250806-02.png", transparent=False, dpi=72)

plt.show()

上のスペクトルは、エチルパターンと一重線が重なってはいますが、エチルグループのカップリング自体はほぼ一次のスピンカップリング相互作用で解釈できる(ルーフ効果以外)ので、それほど複雑ではありません。一方、次の例は、本当に複雑なスペクトルです。このスペクトルでは、二次のスピンカップリング相互作用と、六員環の立体配座が関与してくるので、考えるべきことが非常に多くなります。ここでは答えは示しません。頑張って解釈しましょう。

オープンキャンパスやります!&化学・物質学科のYouTubeチャンネル!2025/07/25(金)

来週末はオープンキャンパスです! 天白キャンパスと八事キャンパス同日です。

来年度から、応用化学科は「化学・物質学科 応用化学専攻」と衣替えします。現在の材料機能工学科と連携して、「化学・物質」についてより幅広く学ぶことができるカリキュラムを立てて、新しい入学生を迎える準備をしています。

今年も、「共通講義棟東」という建物の2階で研究紹介をやっております。学科の教員・学生・大学院生がお待ちしております。進路について、勉強のやり方について、キャンパスライフについて等々、何でもご質問お受けします。ぜひご来場ください。また、「化学・物質学科 材料機能工学専攻」もすぐ近くで研究紹介を展開しています。そちらも合わせてご覧ください。

例年人気のラボツアーも実施します。研究室の設備などを見学したい方は、ぜひご参加ください。整理券は朝10時からの配布です。例年、午前中の早い時間に、午後の分も含めて埋まってしまうことが多いです(10時前から行列ができます)。整理券をなるべく早めに取りに来てください。

ついでに宣伝です。「化学・物質学科」の YouTube チャンネルができました! ぜひチャンネル登録をお願いします! 私も出演してますが、なぜか再生回数が圧倒的に少ないです(苦笑)→ 8/2 追記:だいぶ伸びてきました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

LaTeXで論文を書いた2025/07/24(木)

先日、「投稿論文を LaTeX で書き直す」という記事を書きました。その時は、せっかく書き直したのに結局使われなかった、という悲しいオチになったのですが、LaTeX で化学論文を書くことに一定の手応えは感じました。そこで、頑張って新しい論文を一から LaTeX で書いてみました。プレプリントとして公開しています(DOI:10.26434/chemrxiv-2025-k8jhs)。

お前は LaTeX を使うために論文書いとんのか?手段と目的が逆転しとらんか??と激詰めされそうですが、実のところ、私は昔からそういう気配がないでもないのです。大学院生のとき、まだ Windows が存在してなくて Mac が高嶺の花だった時代、私は「論文を書くのと平行して自作のワープロソフトを開発する」というアホみたいな活動をしておりました。当時使っていたパソコンはシャープの X68000 で、「ただのゲームマシンだ」とバカにする人も多かったのですが、当時これほどプログラム開発に適したマシンはそうそうなかったのです。結局、給料をいただく身分になって Mac を購入した後は、その自作ソフトは全く出番がなくなり消えてしまいましたが、それを使って書いた論文はちゃんと残っています。閑話休題。

さて、1本論文を書いてみると、いろいろ気づくことが出てきます。

  • 参考文献の管理はめちゃくちゃ楽。途中で参考文献を増やしても、番号のつけ直しが全く必要ない。Word の脚注機能でも一応できるのだけど、同じ論文を2箇所で引用するときが面倒。また、Word の内部で脚注の情報がどのように管理されているのか、イマイチわかりづらく、不安が大きい。(経験上、このように複雑な内部構造を持つデータは、プログラムの不具合でデータ消失のトラブルが起きやすい。LaTeX のデータは単純なテキストファイルなので、原因不明のデータ消失が起きる確率は極めて低い。)
  • 化学式は \ce{...} で書く。下付きなども自動的に処理してくれるので非常に楽。
  • 指定した幅に収めてくれるはずなのだが、ときどき職務放棄して派手にはみ出すことがある。

    ハイフンを含む単語の途中で改行できないからだと思うのですが、長い化合物名が文中に出てくると、この現象が高い確率で起きてしまいます。強制的に \linebreak を入れて対処してるんだけど、そんなもんなんかな? もう少し合理的な方法ないんですかね??
  • lualatex, pbibtex, lualatex, lualatex の順に走らせること。pbibtex の後にもう一度 lualatex を走らせないといけないのはわかっていたのですが、さらにもう一度走らせないと、図の番号が正しく振られないみたいです。
  • PDF を作るのに要する時間は、2カラム8ページ程度の論文で、30秒ほどでした。まあこの程度なら、十分待てるかな、と思います。

今回の論文の内容については、まだいろいろ技術的に詰めないといけないところが残っています。合成の再現性を確かめるとか、元素分析を合わせるとか(ため息)。合成化学の論文は、ここのハードルが高いんですよね……ぼちぼち進めていきます。

次の記事: RS表記の順位則
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