AIコピペの外国語課題を提出する大学生2026/06/20(土)
大学生(535人)への調査で、「外国語課題の答えとして、AI生成結果をそのまま提出したことがあるか」という問いに対して、36%が「ある」と回答したそうです。
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【独自】AIコピペ提出経験、36% 大学生、外国語課題の翻訳依存 | NEWSjp
AIで生成した翻訳文などをそのまま使い、外国語授業の課題を提出した経験があると答えた大学生が36%に...
(2026年06月20日 01:04)
提出した理由は「時間がない」「禁止されていなかった」「自力でできない」の順だったとのことです。多くの学生にとって、外国語科目は「専門科目」ではなく、「一般教養」の一つとして課されているわけですが、「何のためにその科目を学ぶのか」があいまいになっているんだろうな、と思います。
「外国語なんて学んでもあまり意味がない、その時間を他の有意義なことに使いたい」と考えている人は、最小の手間と時間で課題をこなそうとするだろうし、そうなればAIを使って生成した「解答」を提出する、という行動に出るのは自然な流れです。教員側でできる対策としては、レポート課題の配点をなるべく小さくして、スマホ等持ち込み不可の定期試験一発勝負で単位認定する、ということぐらいしかないのでしょう。
そもそもなぜ、ほとんどの大学の教育課程で、外国語科目が必修とされているのでしょうか。大学関係者の頭が古いからだ、と言いたい人もいるでしょうし、それを全否定するつもりはありません。「頭が古い」というよりは、教育体系というのは本質的に保守的で、ゆるやかな微調整を続けていくべきものです。時代や環境が変わっても、人間そのものは急には変わりません。Google翻訳のサービスが開始されたのは2006年ですが、20年やそこらでは、「人間にとって重要なもの」はそんなに変わるものではないのです。
私は外国語の専門家ではなく、外国語教員でもないので、「学ぶ」方の立場でしか語れないのですが、それでも「外国語を学ぶ」ことの重要性については言いたいことがたくさんあります。これまでにも何度か取り上げてきた話題ですが(「Google翻訳は使えるか」「高校英語の教材」「Google翻訳の功罪」)、改めて考えてみたいと思います。
まず、外国語(特に英語)を学ぶことによって、日本語の読解力・表現力は確実に上がります。外国語の表現と日本語の表現を並べて見ることは、日本語の表現を見直すきっかけになります。特に、日本語では文法上「主語」の位置付けがあいまいですが、英語の文法では主語が明確に決まっています。科学的作文・文章読解においては、「文意を明確にすること」が最優先であり、そのために必要なのは「何が主語なのか」を明らかにすることです。英語の文で「主語を明らかにする」考え方を身につけると、日本語の作文・読解にも好影響があります。これはもちろん「直訳調の文を良しとする」という意味ではなく、「主語は何か、動作の主体は何か」を意識して言語表現ができるようになる、という意味です。(このためには、「英文法」をきちんと勉強していることが必要です。「会話」中心の英語だけでは、この効果はあまり期待できません。)
もう一つは、ネット上の情報の多くが英語で発信されていることです。最近は自動翻訳の精度が上がってきたため、英語を読めなくても情報を得ることができるようになってきましたが、それでも「え、これ何言ってんだ?」という文章に出会うことは少なくありません。「原文を読む」というリンクをクリックして、「あ、そういうことね」とようやく納得することになります。英語が読めないと、「これ何言ってんだ?」で止まることになりますよね。それはやっぱりまずいんじゃないでしょうか。
さらに、言語を学ぶというのは、その言語を使っている人たちの文化を学ぶことでもあります。これについては、私が語るべきことではないので、外国語専門の先生方にぜひ語っていただき、私からは「先生方の金言に耳を傾けてください」と言うにとどめておきます。
これだけの「学ぶ理由」を知った上で、なおかつ「時間がないからAIコピペレポートを出す」という行動をとるのであれば、その程度の(薄っぺらい)人間を目指している、ということになります。そんな残念な学生が一人でも減るように、働きかけていきたいと思っています。

