名城大学理工学部 応用化学科 永田研究室
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SI 単位の定義が一斉に変わった2019/05/29(水)

キログラムの定義が変わる話を以前に書きましたが、今年の5月20日付で、キログラムを含むすべての SI 単位の定義が正式に変更されました。今回、定義が本質的に変更されたのはキログラム kg, アンペア A, ケルビン K, モル mol の4つの単位です。他の SI 単位の定義は本質的には変わっていませんが、表現が変更されました。

本質的に変更された4つの単位の新しい定義は、下の通りです。

単位記号定義
キログラムkgプランク定数を 6.626 070 15×10–34 J s (1 J = 1 kg m2 s–2) とすることによって定まる質量
アンペアA電気素量を 1.602 176 634×10–19 C (1 C = 1 A s) とすることによって定まる電流
ケルビンKボルツマン定数を 1.380 649×10–23 J/K とすることによって定まる温度
モルmol6.022 140 76×1023 の要素粒子の集合体で構成された系の物質量

今回の SI 単位の新定義で最も重要な変更点は、プランク定数・電気素量・ボルツマン定数・アボガドロ定数が「定義された値」になったことです。これまでは、単位の定義はこれらの物理定数とは独立に決められていましたから、これら4つの物理定数は「測定して値を定めるもの」だったわけです。しかし、新定義では、これら4つの物理定数の値を特定の値に定めて、それに合うように単位が定義されることになりました。

もちろん、旧定義と新定義で値に差が生じることはありません。現在の技術で可能な限り精密な測定を行っても、結果の違いが誤差の範囲に収まるように、新定義は注意深く決定されています。だから、実用上の意味で何かが変わったと考える必要はありません。

ただ、基本定数が定義された値になったことは、教育現場では若干の齟齬を生じることがあるかもしれないな、と思います。たとえば、歴史的に重要なミリカンの油滴の実験は、電気素量を測定によって求めたものですが、電気素量が定義された値になってしまうと「電気素量って最初から決まった値なんでしょ? この実験って何の意味があるの?」と戸惑う生徒が出てくるかも知れません。また、ステアリン酸の単分子膜を使ってアボガドロ定数を求める実験が高校化学の教科書に記載されていますが、アボガドロ定数が定義値になってしまうと、やはり「この実験には何の意味があるの?」ということになってしまいます。これは実はけっこう厄介な問題かも。

ミリカンの実験について言えば、次のような歴史的経緯を説明する必要が出てくるでしょうね。全員に教える必要はないでしょうが、物理に関心のある生徒には伝えられるように、教員には心の準備が必要になりそうです。

  • 電荷量には最小単位がある、という事実が発見されるより以前に、アンペア・クーロンは単位として定義されていた。
  • その上で、電荷量に最小単位が存在することを見出したのがミリカンの実験。
  • その後、測定技術が進歩して、電荷素量が精密に測定できるようになった。
  • 従来のアンペア・クーロンの定義よりも、電荷素量の倍数としてクーロンを定義する方が正確な定義が可能なので、現在はその定義が用いられている。

アボガドロ定数についても同様です。アボガドロ定数の場合は、原子質量単位の定義も絡んでくるので、さらに扱いが厄介です。高校化学の先生たち頑張ってね(無責任なエール)。

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