
実験基礎論 (学部2年生 前期 水曜日2限,合成実験室) 更新日 2021.2.19
実験基礎論①実験をはじめる前に
安全、正確、迅速な実験を行うためには、基本操作をしっかりと身に付けることが不可欠である。ここでは、応用化学実験を実施するために必要な基本操作(応化実験Ⅰ、テキスト「基本操作」)を解説する。また、応化実験内では使わない一般的な基本についても紹介する。
1 実験の基本操作 |
1.1 器具や機器の使い方 |
1.2 洗浄 |
1.3 計量 |
1.4 溶液調整 |
1.5 標準試料 |
1.6 動画リスト |
1.7 参考文献 |
2 データ解析 |
3 成果のまとめ方 |
実験の基本操作
「割らない」、「壊さない」、「事故を起こさない」。日用品を扱う場合と比べ、当然のことながら事故の危険性は高い。机の端に物は置かないなど、必ずマージンを取る癖をつける。通りかかった人がコードなどをひっかける、袖がガラス器具に接触するなどの事故がよくある。 このほか、3つの基本事項を下に記す。 基本1: 汚さない (動画) 薬品が接触する部分を常に意識する。洗浄ビンやピペットの先端、薬さじ、ガラス器具の摺りの先端部など、汚染したりされたりし易い部分の取り扱いには注意 が必要である。不純物の混入により、実験が台無しになったり、誤った結果が導かれたりする恐れがある。ピペット台を活用したり、キムワイプを下に敷いたり することで汚染を防ぐ。 基本2: 適切なレベルの器具を使う 器具にはそれぞれ役割がある。使えるからと言って精度の高い器具をみだりに使ってはいけない。例えば、精密天秤は大まかに数gの試薬を計り取るときに使うものではない。ピペット代わりにホールピペットを使ってはならない。精度の高いこれらの器具や機器は、精度を保つためにそれ相応のメインテナンスが求めら れるからである。 基本3: 材質を考える ガラスは酸化物なので強酸に溶けないが、強アルカリ溶液には溶ける。このため、ガラス容器に濃 水酸化ナトリウム溶液を長時間放置すると、ガラス成分が不純物として混入する。プラスチックにもアクリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネイ トなど多種あり、耐酸、耐アルカリ、耐有機溶媒性はそれぞれ異なる。このほか、疎水性、親水性を考慮する必要がある場合もある。 注意を要するケースとして、金属スパチュラが反応したり爆発を引き起こしたりする試薬も存在するので、よく知らない試薬を使う場合は前もってSDSなどを調べておく必要がある。 2、3年生の応用化学実験で使う多種の器具について、利用頻度の高いものは各実験台の引き出しや引き戸の中に収納されている。実験台によって多少の違いはあるが、代表的な収納物を載せておいた。個々の器具の使い方について、ここでは一部だけ掻い摘んで説明する。ほかは必要があれば講義にて説明する。 共通摺合せ ナスフラスコ、平栓、二又アダプター、トの字管、各種冷却管などの接続部分は共通摺合せで出来ている。摺合せには15/25や29/42などの寸法が記載 されている共通摺合せと、特定のオスメスペアでないと合わない摺合せがある。摺合せにはグリースを少し塗り、摺りを回転させて接合面にいきわたらせることで内外を隔絶させた空間を作れる。水分や酸素のない条件下で進む化学反応を行う際には必須となる。グリースは粘着性があるため、試料を取り出す際に障害と なることがある。このようなときにはグリースの代わりにテフロンスリーブを使用するとよい。 口の細い容器 (動画) フラスコなど、口の細い容器に粉末試薬などを入れるときには、口の周り、特に摺りに試薬が付着することが多い。計り取った量との誤差が生じるほか、摺りに ついたゴミは漏れの原因ともなる。このため、試薬を入れる際には漏斗をしようしたり、薬包紙を丸めて漏斗代わりにすると良い。 クリップ オスメスをつないだ摺合せが外れないように固定するためにクリップを使う。 シリンジとアダプタ ホールピペットやメスピペットなど、吸い込み用のスポイトがついていないピペットに接続して使用する。一般的には安全ピペッターがよく使われているが、シリンジとアダプタを使うとパスツールピペットでも大まかなメスピペットとして使用でき、便利である。 ホールピペット、メスピペット 溶液を評線や任意の目盛に合わせた後、先端を容器内壁に接触させて自由に排出させる。ISO準拠品であれば、排出後、3秒間内壁に接触させ、残液は廃棄 する。ISOに準拠していない国内品であれば、口を指で塞ぎ、ピペットを反対の手で暖めて残液を排出する。物によって基準が異なるので注意する必要があ る。 ISO準拠品の場合、先端を液中に浸して排出させると圧が変わって誤差を生じる。先端を内壁に接触させずに排出させた場合も、最後の一滴の滴下状況に応じて誤差が生じる。このため、必ず排出容器内壁の液面より上に接触させて排出しなければならない。 フラスコ台 ナス型や丸型フラスコを置くときに用いる。大きさによって、裏表使い分けられる。 冷却管 4種ほどあり、用途や冷却水の流し方がそれぞれ異なる。永田先生のページに詳しく説明されているので参照するとよい。 ピペット台 ピペットや薬さじを汚染したり、実験台が汚染されたりしないようにピペット台を用いるとよい。 ダイヤフラムポンプ 減圧用ポンプの一種であり、溶媒を吸入してもよいという特長がある。油回転ポンプもよく使われるが、溶媒蒸気が吸引されると油に溶媒が混じって溶媒の蒸気圧以下に減圧できなくなるため、ポンプの前に溶媒を除去するトラップを設置する必要がある。 クランプ、カットリング、ムッフ クランプやカットリングはムッフでスタンドに固定する。クランプを締める時には、ネジを締める前にまず手でクランプを挟んでガラス器具を固定し、それに合わせてネジを締める。いきなりネジを締めると左右のバランスがずれたり締め過ぎたりして器具を破損することがある。 複数のガラス器具を接続するときには下から組み立て、下のクランプはしっかりと、上のクランプは比較的緩めに締める。すべてのクランプを強く締めると歪が掛かり、摺りで漏れる原因となる。 ドラフトチャンバー (動画) 有機溶媒や酸など、有毒な蒸気を生じる操作を行う場合には、必ずドラフトチャンバー内で排気しながら行う。ドラフトの窓にはストッパーがあり、その位置よ り下では法定排気量が確保できる。ただし、法定排気量は一つの目安であることから、窓はできるだけ下げてできるだけ蒸気を吸い込む危険性を減らすように心掛けることが肝要である。有毒がない状況でガラス器具の組み立てをするような場合以外は、ストッパーより上に窓を開けてはならない。 ドラフト使用後は、すぐに排気を止めるとダクトに残留した有毒ガスが逆流してくる恐れがある。このため薬品の使用後も20分程度は運転を続けておく。 応化実験で用いるドラフトは、装置上部に有機溶媒吸着用の活性炭が充填されており、屋上にあるダクト上端にはウォータートラップにより酸が除去される構造になっている。 |
ガラス器具は不特定多数の人が使用する。汚染された器具による、不要な実験の失敗がないようしっかりと洗浄することが求められる。 洗浄法は多種あり、分野ごと、研究室ごとにも流儀がある。応用化学実験で採用しているクレンザーを使った方法については、以下の手順で行う。詳しくは、基本操作を参照する。
ガラスは親水性なので、しっとり濡れるまで洗う。摺合せや形状的にどうしても弾くときは、諦めるか、他の方法を試すか、実験内容に合わせて決める。 クレンザー(磨き粉)以外の洗浄法 洗浄によく使われる試薬と特色を以下の表に示す。洗浄力を挙げるために、超音波洗浄器を利用したり、温度を上げたりすることもある。
乾燥法 応用化学実験では、1)ステンレスカゴに入れる、2)コルベンラックに挿す、ことによって乾燥させる。すぐに乾燥させたい場合には、3)アセトンで流してからドライヤーを使う、こともある。 ・ 乾燥における注意事項 (動画) ステンレスカゴには、必ずしずくが下に流れ落ちるように置く。ピペット類など先が細くなっているものは、先を上になるように置かないと乾燥に時間が掛かる。ビュレットも先を上向にし、注ぎ口はスタンド台近くまで下げてビュレット挟みに固定する。 計量用ガラス器具の洗浄法と乾燥法 (動画) メスフラスコやホールピペット、ビュレットなど非常に精度の高い器具は、磨き粉を使ってブラシなどで洗浄すると精度が失われる。メスシリンダーやメスシリンジも同様である。使用した試薬によってはアセトンと水洗だけ、あるいは水洗のみの洗浄でよい場合もある。さもなくば、洗剤を用いた漬け置き洗い、酸を用いた漬け置き洗いを適宜組み合わせることが多い。応化実験では漬け置き洗いの必要はない。ピペット類は、必要があればアセトンで流した後、水道からつながるシリコンチューブに接続して水を流すとよい。十分に純水ですすぐことも忘れてはならない。 これらの器具は、乾燥器中で加熱して乾燥させることでも精度が落ちる。できるだけ自然乾燥させる。急ぐ場合にはアセトンを活用するとよいだろう。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
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電子天秤 デジタル表示される計器は常に正確に測れると思ってしまう傾向があるが、実際には必ず狂いが生じる。電子天秤も高級なものになれば分銅が入っており、自動校正できるようになっているが、通常のものは時間が経つほどに誤差が大きくなってきていると認識しておく必要がある。 どの電子天秤も測定重量範囲が決まっている。超過重量を載せると計器に狂いが生じたり、損傷して使えなくなったりする。したがって、重量物は載せてはいけない。また、天秤上に物を置いたまま放置してはいけない。特に片付けの際に電源アダプタを置いているケースを見掛けるが、絶対にしないように気をつける。 測定は以下の手順で行う。
敏感な計器であるため、汚れも正常稼動しない原因となる。汚れを見つけたら掃除する癖をつけてもらいたい。 ・ 分析天秤(精密電子天秤) (動画) 0.1mgレベルの精度で測る必要のある分析などの用途のみに使用する。精度を求めない測定に濫りに使ってはならない。応化実験Ⅰレベルでは使う必要はない。事情により実験台上で使う場合も多いが、本来は防振台上で使用したい。機器分析室の精密天秤は更に一桁下まで測れるものであり、特殊用途にのみ使用し、必ず教員の指導の下で行う。静電気でさえ測定に影響を及ぼすため、除電機を利用するレベルの装置である。 試薬を取り出す際には、例えば左から試薬瓶を、右から薬さじを入れて行う。片方の窓だけ開けて作業するとこぼす原因となるので、絶対にしてはいけない。ゼロ点補正、計器の読み取りは必ずフードを閉めて行う。ほこり程度のものでも計り取るくらい敏感なので、計器は静電気防止ブラシを使って常に清潔に保っておく。 ・ 電子天秤(風防なし) (動画) 汎用的に使うのに便利であるが、持ち運びし易いだけに水平を確認するよう心掛ける。また、雑に扱いがちなので、試薬をこぼさないよう常に注意する。フードがないため、空調などの風で計器が安定しないことが多い。この場合には一時的に空調を切って計り取るとよい。 液体の計量 液体の計量には多種の器具が使われている。量や精度で使い分けるようにする。計器を鉛直にした上で、必ずメニスカスの下端を水平な目線で読み取る。 ・ 高精度な溶液調整 定量分析など高い精度が求められる場合には、メスフラスコ、ホールピペット、マイクロピペットを使う。 メスフラスコを使う場合には、まず試薬を入れてから8分目程度まで溶媒を加えてよく溶かした後、溶媒を少しずつ入れて評線に合わす。先に評線に合わせてから溶かすと、体積が変化する場合があるので注意する。 ホールピペットは1本で濃度を変えた試薬を何度か計り取ることがある。その際には毎回洗浄と乾燥を繰り返すわけにはいかないため、共洗いして複数回使用する。このとき、計り取る濃度の順番を考慮に入れるとより一層誤差が生じる恐れを減らせる。 マイクロピペットはバイオ系の研究室でよく利用されている極微量まで正確に計り取れるピペットであり、非常に便利である。しかしながら、使用法を誤ると高価なピペットがすぐに破損してしまうので、教員などにしっかりと使用法を習ってから使用する。応化実験では用いない。 ・ 通常レベルの計量 メスシリンダー、メスシリンジを使う。上記器具と同様の考え方で使用する。 ・ 低レベルの計量 メスシリンダーと上記パスツールピペットにアダプタを介してシリンジを装着して使う。この目的のために、決してメスフラスコやホールピペットを用いてはならない。 |
固体や液体の試薬から、ある濃度の溶液を調整する前に、調整法をよく吟味する必要がある。例えば以下のようなケースである。 例1 1 mol/L 塩酸の調整 濃塩酸から調整する場合には、塩酸濃度に注意する必要がある。濃度は試薬瓶に記されており、最も濃いものでも35 - 40 % 程度(重量比)である。これは塩化水素の蒸気圧が高くてそれ以上のものは使えないからである。35 %濃塩酸を買ってきても塩化水素が揮発し、濃度は徐々に低下する。このため、原液の濃度がおおよそでしか分からない。1 mol/Lに希釈する場合は35 %濃塩酸と仮定して調整するが、飽くまでおおよその濃度でしかないことを肝に銘じておく必要がある。 正確に 1 mol/L に希釈された溶液を調整したい場合には、少し濃い目に希釈した塩酸を、濃度が精度よく調整されている別の溶液で滴定して濃度を測り、それを元に正確に希釈するとよい。 例2 1 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液の調整 水酸化ナトリウムは顆粒状であり、一粒が重いために 1 g だけ計り取るようなことはできない。その上、潮解性によって速やかに空気中の水分を吸収するために正確な秤量ができない。したがって、目的量に近い量を素早く計り取り、それに合わせて加える水の量を調整しなければならない。このとき、試薬瓶中の残りの試薬が水をできるだけ吸わないように、なるべく早く蓋を閉めることを心掛ける。 このようにして調整された水酸化ナトリウム水溶液は、希塩酸の時と同じくおおよその濃度しか分かっていない。正確な濃度の水溶液が必要な場合には、やはり同様に滴定を用いればよい。 例3 0.1 mol/L のシュウ酸水溶液が 1 mL 必要な場合 シュウ酸二水和物には潮解性がなく、必要量を正確に計り取って溶液調整できる。 [問題]
合成実験室には右表の器具、および10ml, 5ml, 2mlシリンジ、シリンジアダプター、パスツールピペットのセットと、100ml, 50mlビーカーがある。以下の問に答えよ。 (解答を見るにはパスワードが必要です。適当な時期に教えます。) |
分析には、定性分析と定量分析がある。 標準物質 定量分析では、分析対象となる物理量が既知の標準物質を用い、試料との比較によって定量する手法がしばしば採用される。代表的なものとして滴定が挙げられる。 機器の校正 熱膨張、湿度、経年劣化など種々の原因により、如何なる分析機器にもずれが生じて精度(2.2参照)に狂いが生じる。そのため、測定ごとに、あるいは時折、標準物質を用いて校正する必要がある。方法としては次の2種類がある。
較正曲線 元素の定量分析を行う原子吸光分析法など、段階的に濃度を変化させた標準溶液を測定してあらかじめ作成しておいた較正曲線を用いて、被測定試料の定量を行う場合も多い。標準溶液の濃度 |
ここで紹介した動画のリストを以下にまとめる。京都大学 人間・環境学研究科 化学部会のホームページにて、もっとしっかりした動画が閲覧できるので参考にしてもらいたい。 |
1. 化学同人編集部編, 実験データを正しく扱うために, 化学同人, 2007. 2. D.C.ベイアード, 実験法入門 実験と理論の橋渡し, ピアソン・エデュケーション, 2004. |