
完読した本を順次無差別に、お薦めでないものも構わず紹介します。
★が多くなるほど難解です。


単細胞から人間まで、生物はホメオスタシスの規則に従う。そして、ホメオスタシスが主観、意識、心の起源でもあることを主張する一冊です。「メタゾアの心身問題」の如く、多彩な生物をサンプルに進化を議論するのかと思いきや、話題はひたすら意識について。著者目線では進化が主題なのかもしれないけれども、明らかに主軸がそこにはない。その上、既にその手の情報を知っているからか提示された順序はまったく意外ではなく、ミスリーディングなタイトルであるように感じました。根拠の提示が不十分で著者の思想が強く表れた議論が多く、時折読み進めるのに苦労しました。ただ、さすがに神経科学の第一人者と言われるだけあってこれまた時折へぇーっと感心させられ、進むに進めず止めるに止められずで、最後まで読み切りました。 |


内田樹氏のお名前は度々目にする。目にする場面からすると、なかなかの論客であるようだ。それで、図書館で適当な一冊を選んで読んだわけだが、ちょっと評価が難しい。現代の日本社会についての、さすがと思わせる考察が随所に見られる。その一方で、「…である。そういうものである」というような表現が多発することもあり、読み進める気が失せる部分も所々ある。想像するに、執筆時の精神状態によるのではなかろうか。じゃかじゃか書く人だろうから、気分が荒れていても書くのではなかろうか。考え方は面白いが、議論が粗くて決めつけが多いといえば、池田清彦氏もそうであった。藤井聡先生も、丁寧に書いたものとサクッと書いたものの差が激しかった。理工系の文章に慣れ親しんだ身からすると、サクッと書いたもの避けた方が良さそうだ。 |



科学者は全然あてにならないし、科学技術は間違いなくヤバい。人類滅亡間違いなし。はじめの数章読めば誰しもそう思うはずだ。名だたる科学者達がどれほど原爆の威力を見誤っていたか。地球が火の玉になる可能性がなぜ顧みられなかったか。正義の看板が外されても研究に邁進した理由は何か。1,2,3章に次々と出てくる衝撃の連続。しかも核だけの問題ではないと4章、5章と畳みかけられる。20世紀末に出版されただけに情報は古いが、本質的には今も変わらない。科学技術は発展し、問題はさらに大きくなっているとも言える。 |


メタゾアとはなんじゃらほい。角のような藻のようなものをわさわさ生やしたウミウシっぽい絵が表紙にある。著者の前著が「タコの心身問題」であったから、今度はさらにヒトから離れましょうという話かと思ったら、後生動物のことをメタゾアと呼ぶらしい。メタゾアが後生動物になったところで知らないものは知らないのだが、早い話はほぼ生き物全般ということである。この本の味噌は、進化に沿って考えているところ。単純なところからビルドアップ。スタートから経路をなぞる。常套手段であるはずなのに、神経の発生に思い至っていなかった自分に気付かされた。なぜ思い至らなかったかと言うと単純な話で、神経の発生なんて化石を調べて分かりそうもないことの議論を見たことがなかったから。そういうことこそ自力で思い至りたいものであるが、探索像のないものを探索できないのは動物の常である。とは言え、考えている人達が著者を含めて確かにいる。神経伝達に使われるイオンチャネルの発明が先立っていたに違いないと言う。が、しかし、神経がない時点でそれが何の役に立っていたのか。ニワトリと卵のような話でなかなか面白い。 多々なされてる哲学的思考は素養がないと十分に追えない。それは著者も重々承知とばかりに、ダイビングの楽しい話がそこここに挟まる。時折、脈略なく思えるほどで、読者重いの著者の人の好さがにじみ出ている。タコやイカ、ウミウシ、さらにもっとマイナー生物のトリビアな話題満載である。 |

龍樹 中村元著(講談社) 難易度 ★★★★★
ナーガールジュナ。ナーガが龍で、日本では(中国でも)龍樹と訳される大乗仏教の基礎を築いた哲学者である。特に、空を説く。一冊読み切るのはなかなか大変であった。名ばかりの仏教徒であるのに何故読むかと(誰も問わないだろうが)問われると、カルロ・ロヴェッリ先生に原因がある。先日読んだ「規則より思いやりが大事な場所で」の一節によると、ナーガールジュナを読んで量子力学に対する思考法が変わったというのだ。ナーガールジュナを読んだかと色んな人に言われた末に読んだらしい。それならと読んでみはしたが、よく分からなかった。ほとんどが用語の定義、例えば空の定義のように思えた。空と無自性と縁起は同義だが、空を説明するために無自性を持ち出し、無自性を説明するために縁起を持ち出したとか。本著はナーガールジュナの中論の訳ではなく、それを研究した内容を記したものであったからかもしれない。ジェイ・ガーフィールドの英訳を読んだら量子力学の新境地を伺えるかもしれない。一縷の望みは残されているものの、それほどの苦行には耐えられそうにもない。 |

三体 劉慈欣著、立原透耶監修、大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳(早川書房) 難易度 ★★★★
言わずと知れた三体問題。本作をモチーフに日経サイエンスの特集が組まれるくらい、話題になったらしい。太陽が3つある惑星。太陽は不規則に動き、いつ昇り、いつ沈むか分からない。初めは太陽が複数であることすら分からない。そんな星に住む生命が、移住先として地球を狙う。地球にも協力者集団が現れ、権力間での攻防が起こる。ざっくり略すとそういったストーリーではあるが、中国文化革命を発端とする展開と、科学、特に物理学に基づいた仕掛けが見所である。よくこれだけ、と感嘆するほど、非常に高レベルな物理がふんだんに使われる。確かにすごい。ただ、三部作の二作目、三作目と続けるかどうかはちょっと悩む。好みの問題であるが、バリバリ理系の人が書きましたといった感じで、キャラクターに感情移入できないのがしんどい。きっとSF好きの人なら夢中になるのだろう。 |

異国トーキョー漂流記 高野秀行著(集英社) 難易度 ★
辺境作家の高野さんは、辺境へ赴く前にまず現地語を勉強する。電車で横に座ったフランス人女性に頼んでフランス語を習ったり、コンゴのリンガラ語の先生を探し出して習ったり。そんなこんなでユニークな外国人の友人がたくさんできる。そういった外国人といると見慣れた東京も、異国トーキョーに見えてくるそうだ。同じ外国人でも研究者仲間とだと、東京は東京のまま。強烈な個性を持った高野さんのご友人達は一味違う。特に最後の盲目の方が最高だ。目が見えなくても結構モテると言う。そして、なぜか面食い。 |

幻の料亭・日本橋「百川」 小泉武夫著(新潮社) 難易度 ★★★
タイトル通りの幻の料亭、百川。江戸一、二を争う料亭には優れた文人墨客が訪れた。文人墨客たる表現は初めてお目に掛かった。さすがは小泉先生。今回は、「地球怪食紀行」の胡散臭さとは一線を画す格式高い文体で迫る。その文人達が料亭でどんなものを食べたか、何をしていたか。例えば誰かが蒸留酒を抽出する機械を持ち込めば、何を仕込めば良かろうかと皆で画策する。ハチミツはどうか、花はどうか、唐辛子はどうか。蒸留の原理も分からないので、あれこれ試してああだこうだと論評する。そういった遊びをしていたそうだ。そして幕末。黒船接待の料理を請け負ったのが百川である。その隆盛を誇った百川は、維新後姿を消す。何故か。歴史に疎く、大した興味もない身ではあるが、なかなかお目に掛かれなさそうな見地からの一冊は、意外に楽しく勉強になった。 |

森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて 星野道夫著(文藝春秋) 難易度 ★★★
エスキモーのワタリガラスの神話を求めてアラスカを旅する。アラスカ先住民のボブとの交流。朽ち果てた先祖の墓を10年間ひたすら掃除し続けるボブ。クラン(家系)はワタリガラスである。ひたすら静謐なアラスカ。写真家である星野道夫さんの文章が、写真のように時を止めてしまったような感覚を覚える。 スピリチュアルな世界に基盤を置いた先住民の感覚は、科学技術全盛期のわれわれの感覚とは対極をなす。アラスカもご多分に漏れず、大きく変わりつつある。先住民は蹂躙され、すでに変容済みと言うべきかもしれないが、先住民達はかつての記憶を失わず、後世に伝えようとしている。 |

ああ好食大論争 開高健全対話集成1・食篇 (潮出版社) 難易度 ★★
開高健の対談集で、対談相手は、きだみのる・檀一雄/阿川弘之/黛敏郎・石井好子/草野心平/團伊玖磨/牧羊子/小松左京/荒正人・池田彌三郎、と多彩である。一昔前の方々で、知らない名前が多い。檀一雄の娘の檀ふみ、阿川弘之の娘の阿川佐和子でさえ、若い人はピンと来ないかもしれない。昔の人の方が豪胆で、(すでに廃れつつあるが)グローバル化と言われる現代の人よりむしろ世界を駆け巡っていたように思わせられる。行きにくいのに行くだけあって、アグレッシブなのかもしれない。それにしても開高健が雄弁過ぎる。対談集なのにこれでは独演会である。ちょっとは黙れ開高健!と、文豪に一言言いたくなる。 |

「余分な力」を抜けば、人生が変わる! 高岡英夫著(三笠書房) 難易度 ★★
20世紀から一貫して脱力を説く高岡先生であるが、本著はご本人が主催する講習会の宣伝本の一面がある。宣伝を読まされても、と思う一方で、脱力法と呼吸法について結構具体的に書いてくれているのでありがたくもある。力を抜くというのは、やればやるほど難しいもので、頑張ればどこかに力が入ってしまうものである。 |

鳥類学者 無謀にも恐竜を語る 川上和人著(新潮文庫) 難易度 ★★
そもそも島に進化あり 川上和人著(技術評論社) 難易度 ★★
「無人島、研究と冒険、半分半分。」が秀逸だったので立て続けに読んでみたが、半分冒険譚である無人島云々はやはり秀逸。 |

西方冗土 カンサイ帝国の栄光と衰退 中島らも著(集英社) 難易度 ★
ご存知、中島らもさんのエッセー集。とは言っても、若い人には通じない。知らないなら、まずはYouTubeで適当な対談でも見るか、本好きなら「ガダラの豚」でも読むとよい。きっと興味が湧くでしょう。アルコールや薬物中毒で、精神の秘境を彷徨った人。ある意味、心の冒険家。ただし、本著のテーマ、カンサイはそれほどでもなかった。やはり、アル中ネタで評判の「今夜、すべてのバーで」を読んでみたい。大学図書館にないのが痛い。 |

世界のどこかで居候 中山茂大著、坂口克著(リトル・モア) 難易度 ★
現地人に溶け込んで一週間居候する。モンゴル、イエメン、パプアニューギニア、インド、モロッコ(アトラス山脈、サハラ砂漠)、カンボジア、ネパール。漠然と居候するだけが冒険の国々だ。文章も変な気負いがなく読み易く、入院中、術後朦朧としていてもサクッと軽く楽しめた。なんと言ってもお勧めはパプアニューギニア!男の身だしなみはカツラ。そしてご馳走は生焼けのブタ(結果は想像通り)。 |

恋するソマリア 高野秀行著(集英社) 難易度 ★★
大好きな高野さんの大ヒット作、「謎の独立国家ソマリランド」に続くソマリアもの第2弾。マッチョなタイプでもないのにすごい活動力でソマリアの核心部に迫る。なにが核心かって、大統領や軍のトップではない。ときどきそういう人にまで期せずして到達する高野さんではあるが、今回のターゲットは普通のソマリ人の暮らしだそうだ。日本のように男女のコンタクトが許されていないので、ご馳走は食べられるが家庭料理には行きつかない。今回はプントランドには立ち寄らず、北部ソマリランドのハルゲイサと南部ソマリアの首都モガディショを訪ねる。ちょっと平和が訪れた激戦地帯南部では、遂にモガディショから外に出るのに成功したが高野さんの装甲車は銃弾の中で蜂の巣に、という顛末は話題になった。テレビでも放映されたのではないかな。そんなエピソードも埋没してしまいそうなくらい濃厚なソマリの世界が展開する。 |

庭、灰 キシュ著、山崎佳代子訳 見えない都市 カルヴィーノ著、米川良夫訳
(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-6) (河出書房) 難易度 ★★★★
2本立てのうち、まずは静かな、染み入るような文章が印象的な、庭、灰から。一文で1ページという奇をてらったような表現も使うのに、静けさを感じるのが誠に不思議である。子供目線で、神経質、神秘的、魔術的、そして人迷惑なお父さんを語る。嘘のようなエピソードが続くが、まさかの実話に基づいた自伝的小説である。ユダヤ人のお父さんは迫害を受けて転々とし、アウシュビッツで亡くなったという。どこへ向かっているのか分からない物語に見えるので、訳者や池澤さんの解説を先に読んだ方が深みを感じられるかもしれない。 池澤さんによると、見えない都市はトランプと評しておられる。風変りな都市を紹介する1、2ページの短い文章集であり、どこから読んでも構わない。トランプと言えばトランプである。都市の風景を想像しながら読んでいると、美術館のようにも思えた。章ごとに、次の部屋に進むような体験である。絵画と同じくしっくりくる都市とこない都市があるが、単発ものだから気楽に読める。各章のはじめと終わりには、フビライ汗とマルコポーロの会話がある。なんとなくこれが楽しみだ。やっぱり人が出てこないと殺風景だからだろう。 |

予告された殺人の記録 ガブリエル ガルシア=マルケス著、野谷文昭訳(新潮社)
15年ほど前に新幹線に乗る前に本屋に立ち寄り、マルケスの並ぶ中から「予告された殺人の記録」を手に取って逡巡した。マルケスにしては薄くて安い。反面、ルポっぽく、求めているマルケスではないリスクもある。タイトル通り陰湿な話なら気分も下がるし。悩んだ末、ほかを選んだ。ところが最近になって、これがマルケス自身が選んだ最高傑作と知った。つまり、百年の孤独を超える傑作ということだ。 冒頭から、事件のおおよその筋が「わたし」によって語られる。「わたし」は誰なのか。各登場人物も微妙に判然としないながらも事件の骨格は明らかである。ところが、同じ「わたし」が語りながらも視点が変わり、過去へ未来へと時間を行き来する。あまりに自然にそれをやるのでなかなか気づかなかったが、これは版画のようだ。何度も塗り直し、色を重ねることで一つの事件が幾重にも膨らむ。よっぽど念入りに設計しないと。族長の秋で文体探しに確か10年だか掛けた人だから、バカみたいに綿密に作り上げたのだろう。それが見事に嵌った会心の作なら、最高傑作と言うのも分かる。因みに、マルケスと筒井康隆さんをこっそり文豪らしからぬ文豪カテゴリーに入れているのだが、筒井康隆が族長の秋を絶賛しているらしい。やっぱりそうか。マルケスが筒井康隆を読んでもきっと高評価に違いない。 マルケスの中ではこの本と族長の秋は対極にあるように思うが、あれもマルケスしか書けないすごい本だった。すご過ぎてよく分からなくらいであった。そう考えると、殺人の記録はルポっぽいだけに分かり易く、それでいて後半にかけて俄然面白くなってくる。一つの事件なのに多次元宇宙。 |


南硫黄島。硫黄島は勿論知ってるけど、南があるのは知らなかった。これがまた、見た目からしてすごい。試しにネットで「南硫黄島」を検索してみて下さい。特に小笠原村観光局の寸法付きの島の写真が秀逸です。まず、2 km。これは島の横の長さ、つまり直径。次は916 m。小笠原最高峰というだけあって、なかなかの標高である。左端には45°。小学生時代にお世話になった三角定規ではないですか。おにぎりよりは緩いけど、富士山山頂よりはるかに急坂である。いかにも崩落しそうであり、実際しょっちゅう崩落する。しかも取り付きが一番の崖で、山頂を目指す調査隊もまず10 mの垂壁から登り始めた。島の周りは落石由来のゴロゴロ石海岸が囲むが、直接船を接岸させられる地形もない。 その研究者垂涎の要塞に、動植物各種専門家の先生方が手つかずの自然の秘密を解き明かすべく乗り込みます。海岸のベースキャンプでさえ下はゴロゴロ石、上は南洋の日照り。その過酷な環境からさらに登山家達のルート工作なしでは登れない崖を冒険します。川上さんは鳥類学者だけど、兎に角ユーモアのセンスがすごい。真面目で過酷な調査活動を、高いレベルで笑いに変換する装置だ。真面目そうな表紙の似顔絵とは裏腹に、毎ページのように次々と上ネタを突っ込んできます。一方、気の使いようは似顔絵通りで、読者を喜ばせなければという真面目さ故の練りに練ったユーモアなのかもしれない。なんにしても、こんな楽しい文章が書けるなんて羨ましい。川上さんみたいに最後にいい感じのオチも思いつかない。 |

持続不可能性 環境保全のための複雑系理論入門
絶滅危機種だらけだとか、生物の多様性がだとか、よく目にするようになった。そういったことが言われるようになったのは、ひとえに地道な研究を進めてきた先達のたゆまぬ努力のお陰である。例え理由を知らなくても今や多様性が重要だというのは常識だ。そう言えば、社会生物学の先駆者が大逆風の中、散々苦闘する顛末が「アリ王国の愉快な冒険」にあった。国際学会の席で水をぶっかけられたというから、道を切り開くのは大変だ。そのエドワード・ウィルソンを始め、多くの科学者達の先駆的成果を踏まえつつ、その道の大御所であるご本人がまとめた集大成である。我々一般市民に向けたものだから大変ありがたい。多様性について勿論メカニズムから何から詳細に議論し、最後には、人間の都合に合わせた復元力は働かないという結論に辿り着く。そりゃそうだ。無神論者にとっては当たり前に思える。ただ、キリスト教のような一神教文化の人にとっては受け入れがたいのかもしれない。 ところで、ウィルソンはフィールドで活躍したのに対し、レヴィンは複雑系の数理生物学者。つまり、モデルを立ててシミュレーションを行うのが本分のようだ。「生命の数理」の巌佐先生や「自己組織化と進化の論理」のカウフマンとも協力関係にあったらしく、知った名が所々で登場するとなんだか嬉しくなる。普段は数式だらけらしいが、一般向けということで数式は一切なし。情報量が多いけど、この手の内容に慣れていたら★4つくらいだろうか。 |

規則より思いやりが大事な場所で 物理学者はいかに世界を見ているか
理論物理学者ロヴェッリ先生の2010年から10年間にわたって書かれたエッセイ集である。時系列に沿って並べられているため意識の流れが感じられる。物理や科学にまつわる話題が多いが、関心はむしろ人間と人間が作る社会に移ってきたように感じられる。70年代に世界を席巻したジョン・レノン的思想に端を発している。人と人とが争い戦う世界に対する深い憂慮が随所に見られる。イタリアがイラクに爆撃機を送り出しかけていた際の記事などは見事である。決して情緒に頼らず流されず論じている。これだけ隙なく論じ上げられる人物は滅多にいない。あまりに道徳っぽいかと思えば、その原点にLSDの幻覚作用の影響があるというのは何とも意外である。実はアルコールより中毒性がない。そして、自己の概念が変わるらしい。だからと言って、例え合法化されても、はいそうですかと試せそうにない。最後の一人とは言わないまでも、ほとんどの皆さんがお試しになってからにしよう。 物理学者として語る「着想は空から降ってこない」や「アインシュタインのたくさんの間違い」など、是非とも科学を志す若人に読んでもらいたいエッセイも数多い。ひょっとしたら経験を積んできたからこそ心に響くのかもしれないが、そういった疑念を抱きつつもお勧めしたい。 |

ワンルームから宇宙をのぞく 久保勇貴著(太田出版) 難易度 ★
青臭いですね。感傷的過ぎるし技巧に走ってちょっとうるさい。作家ではないし、デビュー作だからしょうがないか。2冊、3冊と重ねていくと、こなれて良くなっていくに違いない。著者がJAXA現役研究員だというので、おもしろおかしく噛み砕いて宇宙について教えてくれるのかと思って読んだのも良くなかった。サイエンスの要素をちょっと含んだエッセイとして読むくらいがいいのかもしれない。 |

悪文 岩淵悦太郎著(角川ソフィア文庫) 難易度 ★★★
一言言いたくなる文は確かにある。だからと言っていちいち文句つける人はいない。返し矢は必ず当たるからそんな怖いことはできない。それが一冊丸々というから信じがたい本である。しかも昭和36年以来、未だに根強く出版され続けるロングセラー。惜しむらくは1960年の書であること。さすがに時代を感じさせる例文が多く、多少補正しながら読む必要がある。若い人はちょっと苦労するかもしれない。 |

体はゆく できるを科学する〈テクノロジー×身体〉 伊藤亜紗著(文藝春秋) 難易度 ★
身体は思ったように動くわけではない。だから鏡の前でバレエやダンスの練習をする。テクノロジーを使って理想の動きに身体を導けば熟達速度は段違いだ。指の動きをサポートする機械を装着してピアノ演奏すると、なるほどこの動きかと分かるらしい。勉強していてなるほどっと繋がる瞬間のような感覚だろうか。こういった身体操作に関連する研究者5名の取材がまとめられている。分かっているつもりで分かっていない意識と身体の関係である。是非ともギターが上手くなる機械を試してみたい。とは思うものの、そんな世界ではギター上手いのは当たり前。果たして嬉しいものか。一方、研究者の方々のターゲットはリハビリで、そこは納得できる。それ以上は怖い。創意工夫と努力で体得する楽しみはどうなるのか。そうは言っても止められないのが世の常で、流れに身を任せるしかないのが現実であろう。この手の本はどうしてもテクノロジー礼賛に終始する。そこは気になるものの、興味深いテーマではある。 |

渡り鳥たちが語る科学夜話 全卓樹著(朝日出版社) 難易度 ★★★
待ってました。前作「銀河の片隅で科学夜話」に引き続き、全先生の全20話におよぶ科学エッセイ。第3弾も楽しみにしています。 |

思考力改善ドリル 批判的思考から科学的思考へ 植原亮著(勁草書房) 難易度 ★★
講義用に買ってみましたが、非常にすっきり簡潔にまとまっており、学生にも良さそうです。例文が多く、しかも理工系よりなところが特にありがたい。 |

形を読む 生物の形態をめぐって 養老孟司著(講談社) 難易度 ★★★
簡単と言えば簡単、難解と言えば難解。そんな本である。若かりし頃の養老先生の執筆と思って見くびってはいけない。若い時分からなんと博識なと。こんなことを考えているのかと。小便しながらも本を離さないだけのことはある。思考のベクトルが似ているようで心強く感じながらも嫉妬させられる。そう言えば、読書は執筆者との対話だ、と誰かが言っていたような。養老先生くらい表現力があると、確かに対話している気にもなる。つらつら思いつくままといった風なので尚更である。一方通行なのがもどかしいが、大先生が目前におられないのでかえって気楽でよい。 解剖学ご専門だからこそいろいろ考えるという。今をときめく花形分野なら、いらぬことをあーだこーだ考える暇などなかっただろうと。ごもっとも。自分の身に移して考えてみても、暇つぶしにこうして読書感想文でも書いているのである。さて、解剖学。言い換えれば形態学でもある。ダビンチは、百聞は一見に如かずを信条に、兎に角絵を描いたらしい。解剖もしたらしい。文字情報を重視しなかったのとトスカーナ弁で書いていたことにより、解剖学における功績が評価されるには19世紀まで待つことになったそうだ。その一方で、解剖学ではなんにでも名前をつける。したがって、専門用語の数は夥しい。観察とは何か。そんなことを考えさせられる。見れば分かるだろうとこと運ばない。取り出す情報は千差万別、人によって異なる。同じ空間にいても各人認識する空間は異なるのだ。真実も人依存。科学はすべての人に対して真実ではないし、福音派に神様が見えたっておかしくない。話して気持ちが伝わらないのは当たり前。講義しても研究指導しても手応えないのも当たり前。うんうん、なかなか心強い。期待するから挫けるのだ。 |

アリ王国の愉快な冒険 エリック・ホイト著、鈴木主税訳(角川春樹事務所) 難易度 ★★★★
ちょっと厚めで文字がぎっしり。絵がたまにあるだけ。読み始めるには多少覚悟を要する。図書館で借りてきた蟻シリーズ4冊中、最後の冊です。情報が重複するので読むべきか止めるべきか逡巡しながらのスタートではあったが、3冊読んだだけではアリ通とは呼ばせない、さすがの情報量に押し切られて読み切りました。お気に入りはミツツボアリです。食べてみたい。 |

ウェルベル・コレクションI 蟻
ベルナール・ウエルベル著、小中陽太郎・森山隆共訳(KADOKAWA) 難易度 ★★
蟻の小説ってところからしておかしいが、本当に蟻が主役なところがなかなかいけている。このところ、アリに関する科学書をまとめて読んでいる中での、ちょっと一服の一冊である。検索でヒットしたので調べてみると、なにやら評判がよさそうなので読んでみたのであるが、異物感たっぷりのミステリー小説的SF小説だ。KADOKAWAによると、同じSFでもサイエンス・ファンタジーのSFだ。蟻世界と人間世界、二つの世界がどう交わるのかを最後のお楽しみに、微妙にシンクロしながら並行に進む。スピーディーでスリリングに話が展開し、まるで伊坂幸太郎や東野圭吾でも読んでいるようだ。シチュエーションが異様なので先がまったく読めない。これを見事にまとめ上げた手腕はすごい。母国フランスでの人気は当然として、なぜか韓国で絶大な人気を誇るらしい。3部作なのだが残りは図書館になく、ウエルベルの他著も翻訳されていない。残念。 |

メトロポリタン美術館と警備員の私: 世界中の美が集まるこの場所で
パトリック・ブリングリー著、山田美明訳(晶文社) 難易度 ★★
妻の勧めで読んでみた。普通なら手に取る気がしない本である。趣味でない本を読むと、時として新たな視点が与えられたような感覚が得られる。自分や子供が描いた絵くらいにしか関心がない身としては、美に囲まれた場所として美術館を思い浮かべるような感覚はない。ましてや一日中絵画に囲まれ、じっくり眺めながら思いに耽るなんて地獄のような退屈さとしか思えない。それに対して、絵画を窓に見立てた著者の感性は新鮮だ。こっちの窓から素敵な風景を眺めたり、あっちの窓から中世の貴婦人の生活を垣間見たり。うっかり騙されて美術館を訪ねてしまいそうだ。物静かな語り口もよい。なぜ一介の警備員がこんな素敵な文章を書けるのかと訝っていたが、前職を知って納得。かなり売れたらしい。こういう本が売れるとは、なかなかの世の中だと思う。 |

コン・ティキ号探検記 トール・ヘイエルダール著、水口志計夫訳(河出書房) 難易度 ★★★
昔々、髭ボウボウのおじさんが太平洋を筏で渡って、ほら流されるだけで南の島に行けるでしょう、と証明して見せた。と、そんな程度の知識で眼中になかったのを完全にひっくり返された。これはすごい!筏に乗るまでの経緯だけでも何杯も飯が食える。ポリネシアまで流されようと、バルサの筏を作ってペルーから出航する。人類がこのルートで南太平洋の島々に広がったことを証明するためだ。当時、原住民には船がなかったというのでバルサ材にも拘る。お金もないし、コネもない。あるのは熱意と勇気だけ。無理に無理を押し、最後まで押し通すところが序盤の見所だ。皆様の制止も顧みず、バルサ材求めて首狩り族潜むエクアドルジャングルに突撃する場面など、それだけでちょっとした探検記である。首狩り族が狩った首をどう処理するかなんてのも、なかなかコクのあるお話だ。 海に出たら一変して平和である。出航直後と環礁上陸は別にして、意外や意外、サメ狩りを楽しむなどしてとても楽しそうである。朝起きて一番に、筏にただ乗りしてきたトビウオやイカを集めるというのも羨ましい。是非、醤油とわさび持参といきたい。外房で食べたトビウオの刺身は格別であった。予定通りのほぼ100日で上陸。その航海の様子は映画として公開され、なんとYoutubeでも見られる。島民からの歓迎を受けるシーンまであってなんとも感慨深いが、探検記は想像を膨らましながら読むのが醍醐味であるから、読んでから見ることをお勧めする。それにしても、ヘイエルダールの無謀な冒険に乗ってきた仲間が5人もいるとは。戦後間もなくで、命懸けに対する閾値が低かったのだろうか。こんな無謀な冒険をする人が現代にいるとは思えない。 最後に学者としてのヘイエルダールについてちょっとだけ述べておこう。芝崎みゆきさんの濃密漫画によると、ヘイエルダールは自説に拘泥した厄介な頑固爺さんで、そぐわない証拠が次々と上がってきても高圧的に潰しに掛かっていたようだ。客観性を失った非科学的行為だ。ただ、この探検記を読むと、この命を捨てたような探検で得た知見はヘイエルダールにとってどんな証拠を突き付けられても曲げられない証拠だったのだろう。これはこれでいいのだと応援したくなる。被害を被った周囲の人はご苦労様ではあるが。 |

柳田国男 その生涯と思想 川田稔著(吉川弘文館) 難易度 ★★★
柳田国男ご本人の本じゃないので魅力薄ではあったが、雑紙リサイクルに捨てられていたものをもったいないから拾ってきた。結論から言うと、明治大正昭和初期について如何に自分が無知であるか痛感した。日本が欧米諸国に対抗して中国を食い物にしようとしていたこと、ドイツと戦ったこと、維新後も長らく枢密院なるものがあって藩閥が幅を利かせていたこと。数え上げればきりがない。農商務省官僚の書記官長であった柳田の失脚に、徳川家達との確執があったというのには驚いた。家達は徳川家の十六代目当主、つまり、明治維新がなければ15代将軍慶喜を継いで将軍となっていた人である。維新後も権力中枢を握っていたとは信じられない。 思想についてもなかなかの収穫があった。今日本で実現している、あるいは実現が望まれる社会制度を第1次大戦前から思い描いていたようである。著者曰く、時代も時代なので国家神道は本来の信仰ではないとか天皇が象徴だとか、露わに述べられない。そこここに散らして表していたということだそうだ。本著を読んでから柳田の著書を読むと、より理解が得られそうである。なかなかの拾いものだった。 |

東方旅行記 ジョン・マンデヴィル著、大場正史訳(平凡社) 難易度 ★★★
東方見聞録とほぼ同時代、ちょっとだけ後に世に出たが、当時はこちらが大ヒット。未知の世界を描いた心躍る内容にその文章力、どちらも高く評価されていた。ところが嘘八百がバレて顧みられなくなったらしい。探検家たちは地球の歩き方のような旅行書として頼りにしていたのに。宮田さんのアーサー・マンデヴィルの不合理な冒険の元ネタなので奇譚の嵐かと期待が高まる。 エルサレムまでは随所に法螺が散りばめられてはいるものの、然程奇想天外ではない。巡礼者もいるので嘘がバレるからだろうか。エルサレムを超えてようやく犬頭人だの頭のない人間だの登場し出す。月刊ムー的に楽しい。とは言えムー程刺激的ではなく、結構あっさり味である。意外にもインドネシアや中国、ジンギスカンなど嘘でないことがいろいろ出てくる。解説を読んだり調べたりしてみると、どうやら全くの未知の世界ではなかったようだ。マルコ・ポーロが有名なのは日本について西洋で初めての記述であったためで、それ以前にも教皇に命じられたとかで旅した人はそれなりにいたらしい。マンデヴィルは文献を集め、そのまま剽窃したり尾鰭を付けたり自作ファンタジーを加えたりしたようだ。そもそも文献と言っても印刷はなく、東方旅行記自体もパリテキスト、コットンテキスト、エガートンテキスト、各国語翻訳版といろいろあり、それぞれ結構細部が異なる時代である。確かに写本してると手を加えたくなるような気もする。 |

ものがわかるということ 養老孟司著 (祥伝社) 難易度 ★
老眼に優しい大きな活字とゆったりした行間。養老先生もお年を召したからだろうか。何度も話された内容であろう、削ぎ落され凝縮された文章は、まさにこれまでの著書群のダイジェストとも言えるのではないだろうか。うんうんと頷きながら読みつつも、養老さんのユニークな視点には若干の違和感がある。そこが面白い。これを集大成と言わず、さらなるご活躍を期待しています。 |

インフィニティ・パワー 宇宙の謎を解き明かす微積分 Steven H. Strogatz著、徳田功訳(丸善出版)
微積分の起源から、現代社会や科学における広がりまで、一般向けに丁寧に解説されている。微積はニュートンからというのが常識であるが、実はアルキメデスが「あの方法」と呼んで使っていた。無限の概念は永らく御法度だったので大っぴらにせず、20世紀も終わろうという1998年10月に中世風の祈祷書がオークションに出てようやく発見された。羊皮紙の文字は消されて上書きされていたが、図形や数学テキストがかすかに残っていたという。数学ものあるあるで、本著もまたガリレオ、ニュートン、ライプニッツと伝記的に展開する。かと言って内容が陳腐なわけでなく、知らないことばかり。平面的だった偉人達に奥行きが出るような感じだ。陳腐な数学上の説明が散見されるが、これは一般向けなのでしょうがない。ボリュームのある本だから、こういう部分を飛ばして読むと疾走感が出てちょうど良い。 |

邪馬台国はどこですか? 鯨統一郎著 (東京創元社) 難易度 ★
一般読者に向けてやわらかく書かれた解説書かと思ったら、登場人物がバーテンダーと3人の客だけの小説だった。会話の中で歴史の新解釈が披露される推理小説である。小説としては登場人物が平板で、表現力もおよそプロとは言えないレベル。それはそうか。表題の短編一篇は創元推理短編賞の最終選考まで残ったと言うから、素人だったわけだ。選者泣かせの異色作品だったそうなので、見どころは内容。表現力には目くじら立てずに読まなくては。邪馬台国、仏陀、聖徳太子、坂本龍馬、明治維新、イエスキリストを題材に、(恐らく)確かな情報からそんなバカナと言わせるストーリーを作り上げる手腕は確かに捨て難い。こっちが素人だけに新説でもいいような気がしてくる。ぶっちゃけどっちでもいい立場なので、UFOやオカルトものみたいな感覚で読むと楽しめる。 |

人間をお休みしてヤギになってみた結果 トーマス・トウェイツ著、村井理子訳 (新潮文庫)
トースターで学位を取ったトーマスも既に33歳。本1冊出しただけで人生乗り切れるわけもない。同級生が社会で活躍し出す中、取り残されたトーマスは社会適応の道を探るのかと思いきや、現実逃避を選ぶ。象になりたい…。医学研究支援などを行う公益信託団体、ウェルコムトラストへのプロジェクトが採択された。いやいや、プロジェクト申請するのもすごいし、採択する方もする方だ。しかもトーマスはすでに象になりたくない。さてどうするか。ここでコペンハーゲンのシャーマンのもとへ向かうところがタダモノではない。結局ヤギにノリノリになり、ヤギと(やばいレベルで)同化してアルプス越えを目指すこととなる。期待通り訳者は村井理子さんなのだが、惜しむらくはちょっと真面目な部分が長い。理子さんの訳は能天気なトーマスによく似合う。前作はブログから本にしたのであんなに能天気だったのか、トーマスの若気の至りか。前作ほど軽さが前面に出てはいないものの、ウェルコムトラストに連絡もせずヤギプロジェクトを完遂するあたりはさすがである。容認したウェルコムトラストもさすがである。イグノーベル生物学賞に選んだ選考委員もさすがである。 |

アリたちの美しい建築 ウォルター・R・チンケル著、西尾義人訳 (青土社) 難易度 ★★
地下の世界がどうなっているかって、地面の数センチ下でさえさっぱり分からない。アリの巣に棒切れを差し込んだところでしれている。掘って調べるくらいしか手がない。チンケル先生の若かりし頃は2次元図が幾つか報告されている程度で、巣の構造を主役とした皆無だったそうだ。ところが、石膏を使った例を見つけたもんだから早速やってみた。巣に流し込んだ石膏を丁寧に掘り起こし、バラバラになった部分をパズルのように組み立て直すと、巣の3D模型が取り出せる。ヒアリの場合は3次元密集住宅街といった構造体が現れた。地元のフロリダシュウカクアリの巣は、2メートルから3メートル下まで続く、(チンケル先生曰く)もっとエレガントな建築物であった。大成功だが、石膏は脆い。そこで、アルミと亜鉛が使えそうと調べ上げ、廃材を活用して炉を自作し(Youtubeで公開したら、amazonで類似品が売り出されたらしい)、スキューバ用廃ボンベをカットしたアルミ片を現場でドロドロに溶かして流し込む手法を開発した。巣が深いので流し込みも1度では終わらない。るつぼは放射熱で足が焼けるほどの高温で、とても危険だ。金属の流し込みではアリは当然真っ黒こげである。ロウ(パラフィン)を流し込んで、深さ方向に対するアリの種類(卵、幼虫、蛹、アリの大きさや色、カーストの種類など)の分布を調べたこともある。さっさと固まって深くまで流し込めないし非常に脆く、担当学生はとんでもなく苦労したらしい。 流し込むだけでなく、掘って調べる従来からの手法も使う。ちょっと掘っては出てきたすべてのアリを掃除機で吸い、仕訳けて数え、分布を調べる。好きでないとやってられない。流し込みで得た建築物から氷の鋳型を作り、再び巣を再構築して捉えたアリンコ達を返してあげるというからチンケル先生のアリ愛は果てしない。愛に溢れたチンケル先生の自慢話は楽しい。研究室のほとんどの学生は穴掘り専門だというし、他の研究グループで身長以上の深さで幅7メートル超に達するハキリアリの巨大巣を掘ったチームもある。世界にはアリ愛に溢れた人類が潜んでいるということであろう。彼らの前世はアリだったに違いない。 話しが進むにつれて徐々に科学的で専門的になる。アリは特に、超個体としておもしろい。集合体がまるで意志を持った1個体のように見えるという概念である。そもそもそれが目的で、アリ大好き人間でもないのにアリンコの本を読んでいる訳である。アリたちとの大冒険(ちょっと下にスクロール)でも、状況に応じて形態を変える隊列や、自己犠牲、姥捨て山といった超個体としての挙動が多々議論されていたが、単細胞、多細胞の視点で見ると、白血球なんて自らの死を考えない兵士そのものだし、足の裏の細胞も一生踏みつけられてばかり。アポトーシスもあれば年老いた細胞は代謝によって速やかに排出される。アリが自らの頭で洪水を防いだり一晩中踏み台になっていたりするのも腑に落ちる。そんなこんなでアリの本、第2弾でしたが、アリ地獄はさらに続きます。 |

ゼロからトースターを作ってみた結果 トーマス・トウェイツ著、村井理子訳 (新潮文庫)
イギリスって天気も悪いし神経質でちょっと根暗な感じだけど、映画なんかを見ていて思うのは、シニカルなジョークがとても上手い。トーマス・トウェイツは、その独特な笑いのセンスにアメリカ的大らかさをミックスしたような軽妙な文体で、真剣なバカらしい取り組みを見事に一冊の本にまとめた。しかも訳者が見事にそれを表現している。ルパン三世なら山田康雄、ジャッキー・チェンなら石丸博也、トーマス・トウェイツなら村井理子ってことになるかも。トウェイツが売れっ子になればの話だけど。 表紙から自虐ネタ全開で、これがなんと卒業を掛けた(修論にあたるのかな?)作品だという。そう、トーマスはロンドンの芸大の学生です。アートって何?って訊きたい気持ちはおいといて、我々の卒研発表会よりなんだか楽しそう。まず、目標とする最安値のポップアップトースターをばらしてみると、そのパーツ数なんと500!なぜ最安値かと言うと、安いイコール部品少ない、のはずだったのに。それでも無謀なプロジェクトは止まらない。産業革命以前の技術で原料採集から行うといったルールを設け、鉱山めぐって原料をゲット。そこから苦心惨憺、金属や絶縁体を得る。一番の難敵はプラスチックで、石油大手のBP社を巻き込もうとアタックして玉砕。でもBP社に断られてなかったら本当に中東にでも行ってバケツに石油を採集して帰ってきたのだろうか。精製や重合なんて考えただけでげんなりする。開始剤やらだって要るのだ。断ってもらって読んでてこっちもなぜかホッとした。どうしようもない困難にぶち当たったときに繰り出されるルールの拡大解釈も見どころの一つである。そんなこんなで無事?完成し、卒業もしたわけであるが、表紙の微妙な色のただれたトースターは博物館に永久展示されることとなったそうだ。めでたしめでたし。 |

アリたちとの大冒険 マーク・W・モフェット著、山岡亮平/秋野順治訳 (化学同人) 難易度 ★★
物心ついたときからアリ1匹1匹に名前を付けるのにこだわってた根っからの変態的アリ学者の、愛に溢れたフィールドワーク記だ。紙が上質で写真が多く、ページも多いしちょっと大きめ。したがってちょっと重い。こりゃ儲ける気ないなと著者と出版社の気概が感じられる。 大きく分けて、略奪アリ、軍隊アリ、ツムギアリ、アマゾンアリ、ハキリアリ、アルゼンチンアリの6つのアリが主役となるが、軍隊アリとハキリアリくらいはなんとなく、あとはほとんど分からない。略奪アリと軍隊アリは似たところがあり、こいつらが来たせいで村が放棄されたこともあると言う。でも、普通は数日放っておけばゴキブリもネズミも一網打尽の清掃隊でもあるらしい。注目すべきはカースト制である。女王と働きアリ、少数の種アリとなるオスアリに分かれるところまでは、はい、知ってます、と言えるが、働きアリの大小が凄まじく、大きいのに小さいのがたくさん乗って移動するほどの対格差が若い頃のちょっとした環境の差に応じて生じ、役割もそれによって決まってくるなんて知らなかった。同じDNAでも環境によってまったく異なる分化の仕方が見られる生物の細胞のようだ。年取ると加齢臭が出て、姥捨て山に捨てられるなんて聞くとアリでなくて良かったとつくづく思う。オレイン酸が出てくるそうだ。若い個体にオレイン酸を塗ると、ゴミ捨て場に捨てられるらしい。帰って来ても、何度も何度も。食糧貯蔵アリもいる(略奪アリだったかどうかは記憶曖昧)。丸々大きく太った透明感のあるやつで、食糧難になると食べられるんじゃないかとのことだ。コロニー間の戦闘では敵方のこの太ったやつを拉致し、自分達の巣に吊るしてチビチビと食する。食べられる方はどんな気持ちなんでしょう。脳が小さくてそういった感情がなければいいんだけど。 みんなで仲良く連なって橋を作るツムギアリ。次の日になっても6センチくらいの中空の橋がまだ健在ということは、建材となったアリはじっとしていたのだろうか。そう言えば、大雨で洪水になったら巣が浸水しないよう自らの頭で入口を防ぐアリもいたなあ。みんなで頭を合わせて防ぐんでしょう。死ぬよね。他種の蛹を獲ってきて奴隷にするアマゾンアリの話も人間以上か以下かよく分からないけど、ちょっと怖い。書いているとなんか怖い話集のような気がしてきた。一番ヤバそうなのがアルゼンチンアリ。その名の通りアルゼンチンから人の往来に乗じて広がり、今や世界を制圧しつつあるとは。他種のアリをネチネチと衰退させ、全滅させる。1コロニーの大きさが1000 kmにもわたり、女王アリだけで何百万匹。カリフォルニア州は4のコロニーの縄張り争いで境界線は死骸の山が連なるそうだ。コロニー規模がデカいほど攻撃的になるのはアリだからか世の常か。日本でも領地を広げつつあるという、イタリアンマフィアより恐ろしいアルゼンチンアリ。 |

地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか 宮原ひろ子著 (化学同人) 難易度 ★★★
火の玉太陽が燃えているのではなく、核融合で発光していることくらいは知っています。でも、中心で発光した光が表面に辿り着くまでに何十万年も掛かることは想像だにしなかった。よじれる磁力線と黒点の発生も初耳。暴君太陽から放たれる放射線群から、母なる地球が地磁気や大気を使って我々を守ってくれているのは知っていたが、その暴君がバレリーナスカートをひらひらと広げ、もっとヤバい宇宙線から我々を守ってくれているとは露知りませんでした。ビッグバンとかブラックホールの情報はよく目にしますが、これはまさに灯台下暗し。 |

楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-1)
「世界終末戦争」と「都会と犬ども」に続き、リョサは3冊目になるが、これが一番読み易くて面白かった。奇数章、偶数章で主人公が入れ替わり、一方はやたらとセクシャルなエピソードで埋め尽くされている。それが過剰で辟易しかかったところで実話ベース、しかも誰もが知る著名人だと分かり、俄然面白くなった。2人の主人公である絵描きのおじさんと、労働者の団結を目指した社会運動家のおばさんの関係も次第に明らかにされ、狂ったオランダ人ってあの人か、と気付くとさらに面白くなるという具合に、仕掛けがなかなか楽しい。時間を大きく小さく行き来する手法も実にいい効果を発揮している。さすがは南米を代表する作家。フジモリ氏に敗れて大統領にはなれなかったが、作家の腕前は途轍もない。 書くに当たって史料は当然不十分であったそうだが、世界終末戦争でも見せたリョサの精緻な想像力が存分に威力を発揮している。自分の妻との良からぬ仲を疑われたマルケスはリョサからパンチを一発喰らったというから、リョサは欠落した情報の穴埋め能力が抜群のようだ。 |

アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険
大好きな宮田さんが、コロナ下で出歩けないから小説書いたというものです。教皇の命を受けて東方へと不合理な世界へ分け入るアーサー。ノンフィクション作家の宮田さんが、やし酒飲みに似た雰囲気を醸し出す傑作です。惜しむらくは図書館で借りて完読してしまったが、是非とも皆さんには書店で買って、ロト7に燃える宮田さんの懐を温めて頂き、さらには名作として世の中も広めてもらいたい。実はジョン・マンデヴィルの東方旅行記が元ネタらしい。当時はマルコ・ポーロの東方見聞録よりずっと人気があったというくらいなので、これも近々読んでみたい。なぜか大学の図書館にもあるようです。 |


最近紹介した「スケール」に続き、生物学に挑戦する物理学者の著書にまたまた感服させられました。物理で既に一旗揚げただけあって、一流の物理学者はさすが物理学者と思わせる独特の視点がある。スケールと違って細かい情報がやたらと多く、はじめはどこへ向かっているのかスッキリしない駄著かと疑い、次第にへー、そうなんだとページ毎に感心させられ、やがてはう~んと唸らされました。要は生物の量子力学利用について考えているわけですが、情報、しかも面白情報が多いので全然頭に入りきらない。困った。これは買うしかなさそうです。 |

計算する生命 森田真生著 (新潮社) 難易度 ★★★
幾人かの数学者に焦点を当て、スリリングな物語として数学史を展開する。まあスリリングは言い過ぎかもしれないがそれくらいワクワクさせられる。気にはなりつつ勉強していないリーマンなんかも、いいくらいに教えてもらえてなんだか得した気分だ。それだけに後半コロナに話が持って行かれたのが残念である。数学史を土台として本題を論じようとしたのだろうが、執筆中にパンデミックが発生し、それを取り込んだ形となった。前半のよく練られてどっしりとした書きっぷりに対して、根拠づけが甘い頼りない議論に感じただけに、予定通りに事が運んでいた方が長く読まれる本に仕上がっていたように思える。 |

不思議な生き物 池田清彦著 (角川学芸出版) 難易度 ★★
生物全般に関する話はこれまで他で読んだことがある内容ばかりで新鮮味はないが、大の虫好きだけにムシの話は簡単サクサクで面白い。ムシ尽くしを期待したい。もうとっくに出しているのかもしれませんが。 |

ダリエン地峡決死行 北澤豊雄著 (産業編集センター) 難易度 ★★
コロンビアからパナマに抜ける道はない。北米、南米をつないでアルゼンチンまで繋がるパンアメリカンハイウェイもここで途切れる。ぬかるんだ道、ジャガー、それより怖い突進してくるマナオ、今や完全ゲリラ化したコロンビア革命軍FARCとパラミリタリー。危険のてんこ盛りで、原住民ですら地峡で一晩過ごせない。そこを今でも難民がコヨーテと呼ばれる案内人を雇ってパナマへと抜ける。先日も赤ちゃん連れの難民が、コヨーテの案内で命からがら突破する記事が新聞に載っていた。またまたコヨーテも信用ならず怖いらしい。日本人がここを抜けた例はほとんどない。関野吉晴さんが2,30年前に南米南端からアフリカまで人力で踏破するグレートジャーニー中にカヌーで通過した際の動画がYoutubeの関野さんのチャンネルにあるが、途轍もない緊張感が伝わる。 そろそろ本著について述べるとしよう。コロンビアに長期滞在していた著者がバイト先の店長にそそのかされて地峡へと向かう。コヨーテを雇い、いよいよ難関のダリエン地峡に足を踏み入れる。う~ん、浅い。これは期待外れか、っと思ったところから二転三転。しかも突破したらバンザイのはずがその後にも…。困難が人を豊かにし、本も面白くする。いやいや、踏破後の顛末を考えるとこんな冒険譚は見たことも聞いたこともない。世界トップクラスの危ない国があっという間に早変わりして、今やボゴタは南米一安全、といったびっくり南米情報も興味深いし、これは読んだ甲斐があった。なかなか出版に至らなかったのが納得行かないが、ダリエンと聞いてピンとくる日本人の数を考えると仕方ないか。何はともあれ日の目を見てよかった。 |


白髪フサフサでインテリ感溢れる養老さんには近づかないようにしていましたが、たまたまYoutube見たらイメージが違いました。新刊が出たので借りたのがこの本です。新刊ですが、20世紀のものを文庫化したエッセイ集でした。とは言え、大拍手です。お見逸れしました。養老先生は、自分は東大の中でも外でもない塀の上にいるんだと仰る。どちらにも属せない変わりものだそうだ。親近感が湧いてくる。僕のイメージは単細胞と多細胞。前者はリスク高いけど自由。後者は低リスクだけどアポトーシスもある。最適解は自立できるけど多細胞に寄生する単細胞ではないかと思っているが、塀の上も悪くないような。ただ、夜は寒いような。そういうことを考えていると、卒論提出前日の深夜に乗り越えて寿司を食べに行った記憶が蘇ります。何はともあれ、養老さんの自由闊達な思考が面白い。解剖学が本職だからか話が描画的で分かり易い。一番やられたっと思わされるのが、散々ああだこうだと思索に耽った後の軽い自虐的オチ。これを書いた時の養老さんがまだ今の自分より若かったのかと思うと、まさに脱帽です。フサフサでないのがバレてしまいます。 |

出張先は北朝鮮1,2巻 呉英進著、西山秀昭訳 (作品社) 難易度 ★
マンガです。どっぷり北朝鮮ものなんて読む機会も動機もないのでマンガで丁度良い。韓国から軽水炉開発事業で出張した呉さんの体験記である。体験記漫画にありがちな本人デザインが…という取っつきにくさは否定できませんが、淡々とした内容は読み易く、やっぱりねっ、一緒やなぁ、エーっとか言いながら一気に読める。 |

すごい数学 イアン・スチュアート著、水谷淳訳 (河出書房新社) 難易度 ★★★★
昔読んだイアン・スチュアートは、自然界と数学をつなぐような話に焦点を当てていて面白かったが、本著はもっと技術的な展開を見せる数学である。選挙や自動運転、サイバーセキュリティやアニメ、とあまり関心がないテーマも多く、しかも内容もちょっと込み入っているので読み辛くはあった。ただ、我慢して読むと意外に関心事とつながっている部分もあり、勉強になるというか、将来勉強するための引き出しの一つになるのは確か。 |


ジョフリー・ウェスト著、山本浩生訳、森本正史訳(早川書房) 難易度 ★★★★
著者は素粒子物理学バリバリの理論物理学者でサンタフェ研究所の所長も務めたそうだが、全く違う分野に飛び込み、生物学者や都市地理学者など多様な研究者達と協力した集大成が本著である。生物、都市、経済、企業などのネットワーク・スケーリング則を明らかにしていく。年を取るごとにせわしくなってきているように感じるのは、実際に物事の進み方が加速しているからであることが示されている。指数関数的に発展するならよいが実際には超指数関数的に発展しているため、無限大に発散する時点が必ず現れるという怖い話も。確かに。言われてみれば超指数関数的だと継続不能である。なぜ超指数関数的な挙動が生まれているのか、そのメカニズムが示されていなかったところに不満は残るが、ひょっとしたら頭をすり抜けて行った疑いもあるので小声で文句を言っておこう。それを除くと素晴らしいの一言。まさに博学卓識。 個人的には都市や経済より生物(上巻)に興味がある。なぜ3/4乗スケーリング則に従うのかというところは「生き物たちは3/4が好き」を読んでいたので驚きはない。でも、流体力学をもとに哺乳類で可能な最小サイズを見積もると最小の哺乳類トガリネズミとぴったり一致する件には驚かされた。そもそもトガリネズミとシロナガスクジラの心臓の血圧と血流速度は等しいらしい。知らないこと満載で楽しい。しかも第一級の学者らしく山師的な胡散臭さもなく、かと言って読み易く嚙み砕かれている。ウェスト先生はなかなかの人物のようだ。 追記:なぜ超指数関数的になるか示されていないと書いたが、考え直してみたら示されていた。小声で誤っておきましょう。すみません。 世界人口が指数関数的に増加しているというので、西暦元年からのデータを取ってきてフィッティングしたら指数関数どころではなく増えていた。国連がデータ出してる1950年以降なら指数関数に近い。それでは死んだ人口より生きている人口が多いというのは本当かと、1950年以降のデータでフィッティングした指数関数で積分値が等しくなる年を調べると、約41年前になった。つまり、この41年の人口と、それ以前の人口が等しいということである。しかも1950年以前は指数関数を超えているので、多く見積もって41年である。現実と異なる大雑把な見積りではあるが、確かに生きている人類の方が多い。1人1人ずつ背後霊を持てないのだ。水子や幼くして亡くなった子供を入れても厳しそうである。何人にも取り憑かれている人もいるそうだから、背後霊の世界も格差社会のようだ。 それはそうと、人口増加が指数関数的で、そこにネットワーク・スケーリング則を乗っけると当然超指数関数的な発展につながる。アリストテレス、ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、…。こういった偉人達が現在世界で生きて活躍しているということでもあり、偉人だらけでじゃかじゃか研究開発が進めている現世が忙しなくなるのは当たり前だ。このままでは無限に発散してしまう。唯一の確かな望みは、ここのところ人口増加が鈍って指数関数以下になりつつあるというところか。 |

生物という文化 池田透編 (北海道大学出版会) 難易度 ★★★
各章異なる著者からなる9章立てで、前半は歴史・文学、後半は哲学・思想に関する内容です。後半は性に合わないものが大半でしたが、前半の奈良の鹿と日本に来た象についての2つの章は印象的でした。特に、もらった象を朝鮮に贈ったり、もらった象が物足りないと秀吉が文句をつけたりと、思いがけなく笑えました。本気で読むと難易度は★1つ分は上がりそうです。特に哲学は言葉が面倒。 |

メコン・黄金水道をゆく 椎名誠著 (集英社) 難易度 ★
メコンの泥水のような流れ。アマゾンとともに憧れの2大大河のうち、わりと行けそうな方である。噂に聞くマナウスの市場と同じく、期待通り市場にはメートルサイズのナマズがゴロゴロ。でも実は養殖らしい。狭いところに重なるようにうじゃうじゃ飼えるし餌を与えるだけ太るから、確かに天然もの獲ってる場合じゃない。食糧難になったらピラルクがいいんだと養殖している人の話も聞いたことがる。ぎゅうぎゅうの浅いプールでひたすらじっと大きくなり、餌の半分は肉になるそうだから、ナマズも似たようなものなのかもしれない。インドシナ半島のナマズスープはうまい。いつ食べに行けるかなあ。 旅はラオスに始まり、カンボジアからベトナムの南シナ海へ至る。シャツがあっという間にびちょびちょの濃厚湿度地帯だけど、人の苦労は蜜の味。濃厚湿度地帯は人間も動物も濃厚だ。期待通り想像の範疇を超えるものに溢れる。いろいろあって軽く紹介し出したらキリがないが、ラオス南部の多島地帯は面白い。川中に数え切れないほど島がある。大きい島には人がたくさん住んでおり、米も魚も豊富で自給自足に近いながらも暮らしは良さそうだ。島と島の間には落差は小さいが滝もあり、両岸の岩場に1か所ずついい場所がある。そこで2メートルくらいの網を持って魚を獲る家族がいる。お父さんと息子が6時間おきだったか、照り返しの強い直射日光の中、昼も夜も交互の2勤交代。それがおじいさんの代から3代にわたって休みなく続いている。なんと気の長い。それ以上に衝撃なのがベトナムの河口のドンダイ漁。その衝撃を簡単には表せないので是非本著を読んでもらいたい。ネットでもほとんど情報ないので絶滅したかと思ったら、ベトナム語なら動画もあった。浅いところならありだけど、椎名さんが見たような、ほとんど海ってとこではあり得ない。とても耐えられない。 |

マジカル・ラテンアメリカ・ツアー 妖精とワニと、移民にギャング
はじめての本というだけに、それだけ?っとか、ちょっと書き過ぎ…とかあってバランス悪いところはある。とても人情に厚いのはいいとして、それが文章に溢れ過ぎている。それにタイトルと副題、それに表紙が内容とミスマッチ。それぞれ悪くないのに、この外装ならこの中身ではないでしょう。とは言うものの、中身はとても興味深い。いろんな人に読んでもらいたい。 メキシコ在住で奥さんもメキシコ人、しかも嘉山さんは日本のテレビ各局で放送される映像を撮影するカメラマン。撮影の発案や現地での手配を一手に引き受けるコーディネーターでもある。妖精とかワニとか言ってるから椎名さん的軽やかで愉快な冒険譚かと思いきや、読後に残るのは崩壊中のベネズエラの実態やメキシコシティでの大地震の実体験。そしてなんと言っても移民。移民関連のとこだけでも読んでよかった。 Tijuanaってどんなとこ?と奥さんに訊いたらManu ChaoのWelcome to Tijuanaの世界って返ってくる。やっぱりManu Chaoですか。Manu Chao聴いてGoogle MapsでTijuanaや国境の壁を見たことがある。壁越しにアメリカに出稼ぎに行った人に会える時間が数時間ある。何時間も、何日も掛けてほんのひと時だけ壁越しに手を握って話すらしい。グッと来る。明日朝未明に国を捨ててアメリカに向かうグアテマラの一家も取材する。ギャングに目をつけられて出るしかないそうだ。移民が乗る列車にひたすら食べ物を投げて手渡す人達もいる。Ricardo ArjonaのMojadoは、ラテン音楽の中でも特に好きな曲であるが、その物悲しさを前よりちょっと知れた気がする。文句は言ったけど、嘉山さんありがとう。応援してます。 |

本当のことを言ってはいけない 池田清彦著 (KADOKAWA) 難易度 ★
これまでスルーしてた養老先生に最近興味が湧いてきて、養老先生と親しそうなのでどんな人か読んでみるかと手に取ったわけです。好きなミュージシャンの友達のミュージシャンもチェックするような感覚で。あっちやこっちで考えたことを全部そのまま書き散らしており、8割方はよくぞ言ってくれましたと共感しました。冒頭から、「「物事にすべて意味がある」は妄想だ」だなんてズバリその通り。何事にも意味や目的を求める病に何割くらいの人が感染しているかは分からないけれど、そういう主張がまかり通っているのに常々辟易してた身からすると大拍手。2章に入り、AIについては認識が違ってなんだかなあだったけど、そこだけが2割の方。やっぱりご専門に近いところほど迫力あって面白い。考え方の違う人が読んだらどう思うのだろうか。元々似た人かあまり考えてない人だけが楽しめるような気がする。 |

エキゾチックな量子 全卓樹著 (東京大学出版会) 難易度 ★★★★
最初に出てくる教室の比喩が分かりにくく、全先生にしては?と思ったけど、話が素粒子、量子もつれと来てちょっと惹かれ出し、ディラクと反粒子、トンネル現象、星の生涯とその後と読み応えが増し、量子カオス 重金属の原子核は乱数行列、カオスと秩序状態に至ってさすがは全先生!でした。さらに音や生物へと続く展開はなかなか。難しいと言えば難しいけど、仔細気にせず読んでも(その場合は★★)楽しそうです。カオス辺りの情報を研究に取り込みたいなあ。 |

カルト村で生まれました。 高田かや著 (文藝春秋) 難易度 ★
さよなら、カルト村。 高田かや著 (文藝春秋) 難易度 ★
漫画です。カルトと言えば宗教と思ったど、違いました。自給自足に近い共同体で教祖もいません。20世紀中頃に誕生したというから、ヒッピー時代。南米文学にも再々出てくるけど、当時は共産主義的な理想社会を目指す運動で世界的に盛り上がっていたので、その1つでしょう。森口先生ご専門のチェ・ゲバラの時代だ。知らなかったけど結構大きな組織でした。海外数か国を含め、拠点が日本各地にあるそうです。親とは別の村に子供だけ集められ、世話係の統率の下での生活。当時は日常的な往復ビンタ、正座5時間とかなかなかの体育会系文化の割に、全編通して牧歌的。平和な里山生活記のよう。高田さんがおおらかだからか、実際にそうなのか。杓子定規で理不尽な大人代表の世話係と、奔放なこどもたち。この構図が丁度よくて楽しく読める。楽しく読む内容でもなさそうだけど楽しい。我々がマジョリティーと思うからカルト村だけど、宗教でもないし強力な指導者の姿も見えないし、これをカルトと呼べば日本自体もそこそこカルトになりそう。SDGsと高齢化社会の先進団体とも言われるというのが面白い。 |

青い目の犬 ガルシア=マルケス著 (福武書店) 難易度 ★★★★
久々のマルケスです。百年の孤独前のデビュー間もないころの死をモチーフにした短編集。総じて死は2度訪れる。日本人感覚では肉体の死と成仏前のようなものであるが、肉体の死以降も動かせないが肉体感覚があり、生きている人もどうもそれと分かる節がある。生死の狭間は科学的にも定義が困難であるが、マルケスの感覚と対比させると興味深い。マルケスだけに何を言ってるのか、何を意図しているのかよく分からないが、分からない状態を楽しませてくれるところは若くてもマルケス。こんな若者が隣にいたら、面白い反面、なぜこんな発想をするのかと引けを感じそう。 |

じゃむパンの日 赤染晶子著 (palmbooks) 難易度 ★
ほぼ短文ばかり。さっぱり、かつアンニュイ、かつどこに向かうか分からない。独特な文体で不思議な存在感を醸し出しているエッセイ集です。時々出てくる関西弁のパンチのきいたオッサンおばはんの言葉が絶妙なスパイスとなってとてつもなく面白い。3ページにも満たない短編がほとんどで、オッサンまだか、おばはんどこだとページが進みました。阪神ファンとして有名な中江有里さん、脚本も本も書くし歌も歌う女優さんですが、やたら本を読むそうです。その中江さんのお薦め。元々出版されてなかったところをある人が惚れ込み、出版社を作って出版したというような逸話があるようです。そこまで面白いのならばと手にしたけど、確かに変えの効かない作家であることは間違いない。納得の芥川賞受賞者。 |

無人島に生きる十六人 須川邦彦著 (新潮社) 難易度 ★
椎名さん一押しの漂流ものだけあって期待通り。ところが一息ついてあとがき読むと、一押しどころかコピー一部の状態から椎名さんのご尽力で再版にこぎつけたという。ありがたいことです。 十六人が木も生えていない砂地の珊瑚島で生き延びて無事生還するハッピーエンドな実話。本当かと疑いたくなるくらいよく出来た話で、椎名さん本人でも恐らく実話でしょうということらしいが、リアルな描写からすると少なくともたたき台になるような事件はあったのでしょう。エンディアランス号のときも並み外れた統率力で切り抜けたが、それが生き延びる上で一番重要な要素なのは間違いない。創意工夫で力を合わせて困難を克服する様は実に素晴らしい。文科大臣になった暁には道徳の教科書に指定し、是非全国の少年少女に読んでもらうことにしたい。 こうなると気になるのが「コロンブスそっくりそのまま航海記」だ。どんちゃん騒ぎにバカ丸出しの出鱈目ぶりで、自ら作り出した艱難辛苦に彷徨うという、アマゾン評者のレビューを読んだだけでワクワクする。 |

明日ロト7が私を救う 宮田珠己著 (本の雑誌社) 難易度 ★
またまた宮田さんが脱力系エッセイを出しました。ロト7を当てた体験記じゃなくて当てる体験記だと、タイトルから誤解しないように気にしている感があるが、どこの誰が誤解するだろうか。タイトルに惹かれた初宮田さんの読者くらいではなかろうか。途中コロナでいつになく寂寥感を醸し出しますが、安定のクオリティで細やかに笑わしてもらいました。コロナ騒動中に書いたという小説も読みたいけど、図書館に入ってないのはなぜだ?僕が司書なら即買いなのに。 |

マヤ文字解読 マイケル・D. コウ著、増田義郎監修、武井摩利・徳江佐和子訳 (創元社)
芝崎みゆきさんの「古代マヤ・アステカ不可思議大全」で面白い!と紹介されており、なぜか大学図書館にあったので借りたら400ページの大作。しかも立派な装丁で重い重い。10年前に1人借りた記録があるので、その人が頼んで買ってもらったのかも。いきなり怖気づかされる展開だけど、これしきの難関を避けていては名がすたる。意を決して読み始めるとあら不思議。専門的な解説がするすると読める。古代エジプト語解読や世に数ある言語の特徴付けなんて面倒そうな話も、各国語と比べつつ、ヘー、とか、フウム、とか適度なトリビア的な作りでそうめんのように頭に入ってくる。これはコウ先生の筆の力ですなあ。当然日本語はどうかと考えながら読むわけだが、コウ先生は日本語も勉強したそうでしっかり登場してくる。 マヤ語を引き継いだ現存の言語の発音では、腹を殴られたときに発する「うっ」と声門を閉じる音を連発するらしい。喉を収縮させてから破裂させる音も多用するし、「カボチャの種を取り出す」という単語があったり、??の世界が広がる。語順も秀逸で、文頭いきなり時制から。さすがはマヤ暦を生み出した人々である。しかも主語が最後だから日本人は逆立ちして読まなくては。 大半は解読の歴史が長々と語られるも、忖度ない辛辣な言葉で痛快にバッサバサと切るは褒めたたえるは。西洋人の唯我独尊もことごとく叩き回る。科学者研究者の能力と人格が別物なのは古今東西、分野を越えて不変だなあとしみじみ思う。解読行き詰まりの膠着状態を打ち破ったのがマヤ文字解読業界とは無縁なはずのソ連人。それを頑迷なナイトの爵位まで受けた業界トップのイギリス人学者が命尽きるまで執拗にその業績を潰して回るという構図までよく出来た話だ。 |

すばらしい人体 山本健人著 (ダイヤモンド社) 難易度 ★
安い、速い、うまいって感じの医学書?です。山本先生は現役の外科医で、人気の情報サイトを運営されているらしくとても分かり易いし、内容も知ってそうで知らない灯台下を突いてくる。歴史の部分にやたらノーベル賞が出てくるのはちょっと食傷気味になったけど、いい年したおじさんには今後に向けてとても勉強になりました。難易度は★2つでもいいけど、話題が身近な分1つにしておきました。 |

我々は生命を創れるのか 藤崎慎吾著 (講談社) 難易度 ★★
科学関連の本としては研究者の研究者による本が迫力あって面白いが、サイエンスライターものはいろんな情報源を活用して多角的に話が展開するところが良い。本著はまさにそこが良かった。人工生命の創造(というほど大袈裟な感じではないが)に挑む科学界の変人達と変な研究集(というと語弊がある?)といった趣きで、意外にも気軽に読めた。実際の研究から離れて、生命について考えたりアートと絡ませたりする部分も多く、そこはちょっと興味から逸れはしたが、それは好みの問題かと思う。登場する科学者の先生方も、楽しいから研究しているようで僭越ながら応援したくなる。やっぱり人のためにする研究より楽しみでやる研究が独創性たっぷりでよい。 |


高野さんの新刊はメソポタミア!ソマリアにどっぷりかと思っていたら、コロナ前からすでにイラクに侵入していた。イラクの大湿原アフワールです。砂漠ではありません。ここにどっぷり入り込んだのは世界でもセシジャーくらいのもの。コロナ後渡航できるようになったら早速行って本を仕上げたのか、行動力すごし。 いつもの様にコネなしで核心の地へと突っ込んで行き、これまた定番で大物と次々とコネを作り上げる。行き当たりばったり。湿原のイラク人の行き当たりばったりぶりに感嘆する高野さんだけど、天才は天才を知るといったところだろうか。計画は次々頓挫するけど、臨機応変。頓挫ごとに目的に向かって最短ルートを探す。現地語で愛の歌を唄うという大爆笑間違いなしの持ちネタを手に入れ、突進力と愛嬌を武器に未知の世界を次々と切り拓くさまが楽しい。紆余曲折、しょっちゅう脱線もありながらも、アフワールの核心を突くにはカヌーだーっと伝統のカヌー作り職人を探してカヌーに乗ってめでたしめでたしとハッピーエンディングもよい。帰国直後、一番世話になった大物が誘拐されたそうで、やまりイラクはイラク。高野さんほどの人でなければそうそう立ち入れないところであり、こうやって本として世に出してくれるのがありがたい。それにしてもチーズのようではるかに旨そうなゲーマルや、鯉の円盤焼きなど、イラク料理は旨いものだらけだそうだ。うーん、こればっかりは本では味わえない…。残念! |


バリバリの科学者、研究者が一般書を書く文化が日本では希薄だからか、日本人著者による骨のある自然科学に関する一般書が少ないように思う。そういう中で、世界中の土を掘って調べている藤井先生は貴重な存在でしょう。大地に土がないときから始まり、現在に至る土の形成や変化を丁寧に解説してくれる。気候が違うと土も違う。火山も重要なファクターである。そういった土壌のすべてを一冊に閉じ込めた!と言ってよい。少なくとも素人に対しては。と思う。それにしても、化学肥料入れ過ぎはいかんとは聞いていたが、余った窒素が硝酸となって酸性化が起こることは知らなかった。肥料の効いたコメはタンパク質たっぷりで不味くなるというのもちょっとした衝撃。体にいいものは不味い。残念。 |


アンデス・マチュピチュへっぽこ紀行
イースター島不可思議大全:モアイと孤島のミステリー 芝崎みゆき著 (草思社) 難易度 ★★
芝崎さんの本を3冊読みました。絵や漫画満載、しかも手書きなのに普通の本よりよっぽど読むのに時間が掛かる。絵主体なのにこんなに時間が掛かるのは白戸三平のカムイ伝以来ではないでしょうか。とてつもない力作なので、是非多くの方に手に取ってみてもらいたい。 エジプト、マヤアステカもありますが、そちらは既読。こんなにコスパの悪い本出すの大変だからもう出ないかと思ってたら去年新しく出ていました。しかも図書館にもちょこちょこ入っているんですね。家に置いておいたら子供も夢中で読んでます。有名なアンデスの脳外科手術は穴塞がず放ったらかしとか、たまに塞いでもカボチャの皮とか、意表を突かれる情報満載。 |

受験脳の作り方 池谷裕二著 (新潮文庫) 難易度 ★
池谷裕二先生は素人向けに実に分かり易くおもしろく脳のメカニズムを解説してくれる。ありがたく勉強させて頂いております。Study Less Study Smartなんて動画もネットで見たけど、効果的な勉強の仕方は我らの若年時に比べて相当解明されてきたようです。自分がやってきたことの答え合わせとしても楽しめるし、子供にも活用してもらいたいなあとうずうずしながら読むのもよい。もちろん五十超えたおっさんでもこれから活用できるでしょう。学生には伝わらんなあ。自分で読まんと。 |

運動脳 アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳 (サンマーク出版) 難易度 ★
母国スウェーデンでバカ売れしたらしい。一口に言って、運動すれば脳にいい。海馬が大きくなってボケ防止になるし、記憶力増強、精神病防止改善、等々、あらゆるいいことがありますよということ。近年著しく解明されつつある本分野の論文を読み漁り、まとめてノウハウ本にした、我々にとってはありがたい本である。ありがたいけど論説が単純単調で途中から、またか、の連続。分かりました。もうお腹いっぱいです。 |

ダブリンの市民 ジャイムズ・ジョイス著、高松雄一訳 (集英社) 難易度 ★★★
野坂昭如さんが、ジャイムズ・ジョイスのユリシーズは翻訳不能といつものように酔っ払いながらテレビでのたまっておられたので、いつかはユリシーズとは思っているものの、厚めの全4巻、各ページ下部は注釈の嵐、で踏み切れずに一生を終えそうです。そこで、一冊だけならと読んでみました。難しくもなく読めたけど、どこがすごいのか分からず仕舞い。ダブリンの市民の出来事を一場面ずつ淡々と綴った短編小説集でした。ユリシーズが画期的と言われるだけに、本丸を責めないと分からないのか、ダジャレや語呂合わせ満載の原著を読まないと分からないのか、それとも文学の表現法の歴史を理解していないと分からないのか。かと言ってユリシーズには手が伸びないなあ。 |

自由と進化 エイドリアン・ベジャン著、柴田裕之訳 (紀伊国屋書店) 難易度 ★★★
コンストラクタル法則の提唱者であるベジャンはオリジナリティの高いとても面白い考え方を示してくれるが、かなり鼻につくレベルで顕示欲が強い。専門書「Shape and Structure, from Engineering to Nature」は良かったが、一般書「流れとかたち」ではそういったところが邪魔で読みにくかった。さてどのくらい顕示してくるかというのも読みどころとして見ていたが、本著は許容できる程度。年を取って丸くなったか。内容も散漫ともいえるが、最早コンストラクタル法則一辺倒ではない。偉そうに言うだけあるところがあるのも確かで、独特な目の付け所にはたまに唸らされる。 |

A Dictionary of Scientific Quotations Alan L. Mackay著 (IOP Publishing Ltd.)
かの飯島先生にご推薦頂いたら読むしかない。読むしかないけど、古今東西著名人の残した言葉が箇条書きでひたすら273ページ続く。しちめんどくさい言葉、おっとなる言葉、そもそも単語がさっぱり分からない言葉(thouとか)、単語が分かっても意味が分からない言葉とか、いろいろあって慣れてくると意外と楽しい。コツは1つ1つにこだわらず、気に入ったのだけ一所懸命読むこと。例えばMontesquieuのお言葉。It is rare to find learned men who are clean, do not stink and have a sense of humour. |

ワンダーランド急行 荻原浩著 (日経BP) 難易度 ★
昔1冊だけ読んだだけの荻原浩さんですが、ミステリーでお決まりのように殺さなかったのが好印象でした。久々に読んだ本著はパラレルワールドのお話。妻なのに妻じゃない。同僚なのに同僚じゃない。ばれないようにしなくちゃ。というような展開で、さすが売れっ子だけに軽快に読める。村上春樹さんの1Q84と比べて、あっちはノーベル賞候補、こっちは安っぽいエンターテインメント。今風の軽い表現を文学風に入れ替えていけばどう評価されるのだろう。春樹さんは文体の評価が高いけど、そこまで英訳できないし。それはそうと、進むほどに荻原さんがやたら真面目でメッセージ露わなのは文学としては評価されなさそうである。たまに売れ線のものを読むと余計なことをあれこれ考えてしまう。 |

ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普遍的法則」
アルバート=ラズロ・バラバシ著、江口泰子訳 (早川書房) 難易度 ★★★★
鈴木温先生に教えて頂いたバラバシ。複雑なネットワーク構造に共通して現れる構造を発見したことで知られる理論物理学者が暴き出した成功者の共通点です。この研究に先立って災害の研究をしており、危機管理に関わる重要な知見を得たらしいが、不評でまったく注目されなかったらしい。日本は危機管理の意識が低いといった論調で語られることがあるが、意識の低さは東西関係ないようだ。そこでバラバシ先生は成功の研究なら皆注目するのではと考え、実際にそうなったわけである。因みにこの本を買ったのはバラバシの名前があったからであって、タイトルに釣られた訳では決してない。災害がテーマなら買ったかと言われると少々辛いが。ネットワークの専門家だけあって内容の焦点はそこになるが、ちゃんと定量的なデータを集めて解析するところがさすがである。言われなくても経験的にそりゃそうだろうというところもあれば、グレーゾーンに明確なデータを示してくれるところもある。例えば、難関大学や高校を受けてギリギリ通った人がギリギリ落ちた人の将来の収入に差がないとか。 |

アフガニスタン探検記1975-76 高岡徹 著 (早川書房)
難易度 ★★★★
アフガニスタンがまだ旅できた頃のこと。シルクロードとして交通の要所となっていたので、意外と旅行者が多い地域である。それもあってバーミヤンに今はなき巨大大仏が作られた。そういう情報はこの本を読んで知ったわけです。国境地帯で殺されても国は関知せずという話なんかはやっぱりかと思うが、ニュースで知るアフガニスタンとは大違いで現地の様子や人間の気質が垣間見れて楽しい。グローバル化が進むにつれて危なくて行けない地域が増えてくる矛盾はなんとも悲しい。大放浪なんてもう無理なのかも。 |

ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた 斎藤幸平 著 (KADOKAWA)
新聞の書評欄でそそられましたが、メディアにもちょこちょこ出るそこそこ名の知れた先生だとは後で知りました。現場知らずして語ってはいけないと斎藤先生があちこち出向いて体験するわけですが、文章が柔らかくて感心しました。とても東大の先生とは思えない。率直に書くと、最初の3分の1が面白くて、その後どんどん重くなって行きます。テーマが重くなるし、そうなると現場で話を聞いてくるだけの割合が増えます。若い頃は自転車で駆け回る暇があるけど、立場が付くとそうは行かない部分もあるのかもしれません。それでも大阪市大時代に学生連れて立て看禁止の京大に行き、そこの学生に習って立て看作りにいそしんで来る行動力はすごい。 |

Communicate Science Papers, Presentations, and Posters Effectively
Gregory S. Patience, Daria C. Boffito, Paul A. Patience著 (Academic Press) 難易度 ★★★
科学表現論を担当しているのでそれっぽい本書を買ってみたが、バリバリの研究者向けでした。論文執筆や学会発表経験がある人の方が心に刺さるでしょう。なにせNature, Scienceを含め、一流雑誌に掲載された論文を抜き出して引用し、バッサバッサとダメだしする。そして、これが見本だ!と訂正してくれる。特に著名な論文でも例外ではない。それどころか、有名なものほどターゲットになっている気がする。この上から見下ろす感がたまらないが、127ページ目にして遂に出ました、直すところ無しの例文が!なんと我らが飯島澄男先生ではないですか。さっそくご本人の下へと駆けつけご報告。そうしたら山のように古今東西の引用文が連なった本を薦められた。確かに面白いけど、これは手強い。頑張って読み切るぞ。 話が逸れたが、そうじゃないかな、でも世の趨勢とは違うな、と思っていたところをばっさり決着つけてくれたり、逆に習ってたことと違うぞ、時代とともに書き方が変わってきたのかと認識を改めさせられたりで、得られるものは多かった。極端過ぎるきらいはあるが、マイルドに表現すると誰も改めないからということでしょう。 |


半分写真の1、2時間で読める簡単な本ですが、ツバル全体が頭の中にストンと入ったような感覚になる意外な良書でした。土地が低くてすぐ沈んでしまうよって情報はそこそこ知られていると思うけど、ちょっと考えられないくらいの島の幅。幅のない生活って…。水はどうしているんだろう、砂地なので植生は?食べものは?ゴミは?なかなか興味が尽きないが、余すことなく答えてくれて満足満足。題名通り推しは笑顔だけど、なるほどこんんあ小共同体を持続するために培われた知恵なのかと納得する。前のオリンピックでキリバスの重量挙げの選手が話題になっていたけど、キリバスがツバルの9つの島の1つに攻め込んで男子全員殺し、今でもその島だけはキリバス語という話はなかなかすごい。 |

灯台へ/サルガッソーの広い海 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-1)
ヴァージニア・ウルフ著 鴻巣友季子 訳、ジーン・リース著 小沢瑞穂 訳(河出書房) 難易度 ★★★★
海にまつわる小説(長いけど)でも読んで、狭い研究室に閉じ篭りっきりの毎日から開放されようと読んではみたものの、海が遠くに見えるだけで家から全然出ない、1日が一向に終わらない「灯台へ」でした。それはそれでほぼ何も起こらないのに心情表現だけで(主役がスルスルと入れ替わるのがミソ)大量の文章を書くところに感心していたら、怒涛の第2部。そして第3部でようやく海。う~ん。海が登場して爽快感ゼロではないけど小数点以下だなあ、天気いいのに。目論見外れ、心の移り変わりと緩急落差が見所でした。 気を取り直して挑む「サルガッソーの広い海」や如何に。サルガッソーと言えば船が沈没する魔の海。カリブの辺りかと思っていたら、カリブ海の東側、それともう少し北の北アメリカ東海岸から東に大きく伸びる大西洋の広い領域のことでした。欧州列強国が新大陸目指してバンバン船を出していたから魔の海になったのだろうか。さて小説の方は危惧通りまたしても陰鬱極まりないお話でした。著者ジーン・リースはイギリス植民地のドミニカ国生まれ、スコットランド系の白人で、その半生を元に書かれたものらしい。野球が盛んなドミニカではない。カリブ海の小さな島国家、ドミニカ国である。原住民カリブ族が生存している数少ない国だそうだ。白人が奴隷を使って羽振りよくやっている頃はよいが、奴隷が奴隷でなくなるとどうなるか。しかも斜陽の白人家族の立場なら。期待外れだったけれど、実話ベースなだけに思い至れないところに目を向けさせてくれる大当たりの小説でした。 |

主役はダーク 宇宙究極の謎に迫る 須藤靖 著 (毎日新聞社) 難易度 ★★
ダークマター、ダークエネルギー。宇宙の膨張や多世界解釈、並行宇宙。さらには量子力学やひも理論まで。天文学の難題を難易度★★で解説してくれる奇跡の一冊です。しかも宇宙人とのおつきあい作法も指南してくれるので、今後何があっても大丈夫。随所に登場する宇宙人イラストもなかなか良い。宇宙の膨張をゴムひもで例える1次元ゴムひもモデルが気に入りました。さすが須藤先生。でもたまにしんどそうにも思えます。面白さを求め過ぎて。 |

深海、もうひとつの宇宙 ― しんかい6500が見た生命誕生の現場 北里洋 著 (岩波書店)
どうせなら深海にどっぷり浸かろうと、2冊目にチャレンジ。6500ではチャレンジ海淵(マリアナ海溝)にある世界最深部まで潜れないかー。 日本の誇る潜水船、しんかい6500で約一年間、世界一周しながらの記録を綴ったものである。日本が誇るのに6500までしか潜れないのかーとも思うが、エベレストだけが登山ではない。パキスタンでは登山は確か4000m以上と定義されているとか昔どこかで読んだが、面白さは高度では線引きできない。6500でも十分すごい。海溝だけが海じゃない、というより6500でカバーできない海は世界にほとんどない。前半は研究責任者(発案者でもある)の北里先生が研究案を作って仲間を集め、しんかい6500の利用申請、各国との折衝、資金集めといったあらゆることをクリアし、母船に乗って旅し、実際に潜る。おうおうこれは冒険譚ではないですか。フィールドワークっていうのは冒険でもあるんだなあ。限られた仲間とずっと船の上の暮らしは大変だろうけど、楽しそうである。実は無人探索機を使ってマリアナ海溝やトンガ海溝でも調査を行っているのだが、やっぱり人が潜る調査の方が断然おもしろい。 |

なぞとき 深海1万メートル 暗黒の「超深海」で起こっていること
蒲生俊敬、窪川かおる 著 (講談社) 難易度 ★★
海の深さをどうやって測るか。今なら音波と答えるが、音測が始まったのは100年近く前の1920年代後半からで、それまでは錘を付けたロープを垂らしていたそうだ。そりゃ初めはそうだろう、とか言ってられない。なんと測りに測ったその深さはフィリピン海溝10,068mに達し、同時に音測した深さが10,130m。その差は62m!割ったらなんと0.00612...、つまり音測との差は1%にも満たない。それにしても1万メートルを超えるロープなんてどれ程の体積だろう。断面積\( \rm 1cm^2 \hspace{0.2 mm} \)とすると、1万メートルで体積は\( \rm 1m^3 \hspace{0.2 mm} \)。うーん、できないことはなさそうだけど、一体何巻きするんだろう。さてさて話は進み、ピエール親子が気球や潜水船を開発し、さらに進んで時代は令和となるとヴェスコーヴォが登場する。7大陸最高峰制覇、南北極点スキーで到達の社長さんで、しかもハンサム。この人が最新鋭の潜水船と母船を作って5大洋最深点まで制覇。今年は宇宙にも行ったそうだ(wiki調べ)。道楽だけかと思いきや、専門家連れて科学にも多大な貢献をしている。深海探査の歴史だけでもなんとまあ面白いこと。これまで惹かれないなあと過小評価してきてすみません。 とは言え、本著の本命は深海の科学。地質や生物、さらには温暖化現象と、これ一冊で深海は大満足。それで★2つの読みやすさとは頭が下がる。 |

ニッポン47都道府県 正直観光案内 宮田珠己 著 (幻冬舎) 難易度 ★
宮田さんって軟体動物のようなイメージだ。骨のない思考で変なところに入り込む。都道府県ごとの観光案内も、宮田さんの手に掛かるとこんなことになるのか。決して冒険せず、無理せず、ユルユル感が漂う観光は、意外と時代の最先端かもしれない。同じ兵庫出身で六甲山を見ながら育ってきたからか、だだっ広く平らな東京の評価の低さが深い共感を呼ぶ。結果として東京都は伊豆諸島一色。宮田さんの他著で既出の情報があるのはご愛嬌で、布袋大仏や緑の大仏はすでに見に行ったが、病院と一体化している布袋大仏はなんだこりゃ感満載で良かった。異国感、異世界感漂うものが掘り起こされていて旅に出たくなること請け合いである。しまった、あのとき行っておけば、というケースも多いのが悲しくもあった。 |

細胞の理論生物学 金子邦彦、澤井哲、高木拓明、古澤力 著 (東京大学出版会)
金子先生の「普遍生物学」を買ったは良いが嵐のような数式攻撃に、こりゃたまらんと尻尾を巻いて早々に敗退。またまた面白そうな本を見つけたと思ったら、再び金子先生。でも、心持ち攻撃がマイルドに思える。逡巡の末、普遍生物学に再挑戦するべく購入した。反応速度式、行列式、式、式、式、…、式のオンパレードではあるが、ここで挫けてはと歯を食いしばり、最後のページまで行き着いた。細胞の適応挙動や振動反応、空間伝播など、面白いこと目白押しで、数理で表現されていることに驚きが絶えない。普通の本なら抽象的に言葉で表すところを、ズカズカと容赦なく解き明かす。素晴らしき数理学の諸先生方。ともあれ、これが教科書だというのに一番驚いた。 |


ついに読んだ。しかもかなり理解できた。学生時代の我が脳味噌はピクリとも反応せず、完敗であった。四半世紀の間に味噌も熟成されていたらしい。意識とは何か。その正体を暴くべく、チューリングマシーン、古典力学、相対論、量子力学と議論を進め、量子プロセスの関わりを論じる。あまりに広大な科学領域にわたる内容なので、勉強し、研究してきたことを全部書いたのではないかと思うような重厚さだけど、ペンローズにすれば脳味噌に満ち溢れる情報の一端に過ぎないのだろう。推理小説のように、提示された議論が絡み合って結論へと進む。脳内にある微小管が意識の源ではないかと疑っているのはそれなりに有名ではあるが、未だに否定はされていないらしい。これほど身近で難解な問題となると、天文と同じくロマンである。科学の原動力はロマンである。ご老体のペンローズの残した研究は、今どのように引き継がれているのか気になる。 |

奇跡のバックホーム 横田慎太郎 著 (幻冬舎) 難易度 ★
ここに立つために 26歳で大腸がんになったプロ野球選手
原口文仁著 (ベースボール・マガジン社) 難易度 ★
野球もの、かつ癌克服もの2冊を息子の蔵書から。横田選手は類稀な身体能力の持ち主であるが、一軍で活躍し始めてこれからというときに目がよく見えなくなり、脳腫瘍であることが分かった。寛解してなんとか二軍復帰にこぎつけたが、ボールが2重に見える状態がよくならずに引退となった。主力としてどんな活躍をしてくれるのか楽しみにしていたファンとしては残念で仕方ないが、闘病生活の様子を読むとそうも言ってられない。さすが脳腫瘍。そうそう元通りとは行かないでしょう。むしろよく回復した、病院もあっぱれと思えるようになった。とは言え、やっぱりどんな選手に育っていくか見たかったなあ。その点、原口選手は復帰して、まだ体調も完全に戻ってはいないかもしれないもののちょこちょこ活躍しているので心安らかに読める。同じような内容かと思えば、のろ気話が多くて微笑ましい。原口選手が出てきたら奥さんのためにも…っと応援したくなる。 |


アンダルシア地方の貧しい子供の物語であるが、話に作り物でない重みが感じられる。著者はオランダ人であるものの、夫の幼少時代の実話であるということで納得。必要は発明の母ならぬ、貧困は発明の母と言わんばかりに次から次へと手を考えて稼ぎ出す。社会の仕組みや裏側にも子供なりに精通するように逞しく育っていく。なるほど、豊かな社会では人はなかなか育たないものだ。満ち足りて醜く太った司教(だったかな?)の愚鈍さとは対照的である。そうは言っても貧困だと短命になり勝ちだし、手に入れた能力を生きること以外に活用するチャンスもほとんどないに違いない。一昔のスペインの様子も知れるし、いろいろと考えさせられる濃密な内容であるにも拘わらず、中学生向けの児童書だそうだ。子供のために借りてきた本なので間違いない。確かに難解ではないのかもしれないが、どの程度分かるのかなあ。あるいは中学生を侮ってはいけないのかも。大学生にも是非負けずに読んでもらいたいものである。 |

オートバイ地球ひとり旅 アフリカ編 松尾清晴 著 (鳥影社) 難易度 ★★★
たまたまアフリカが重なったけど、一年前に教えてもらって以来ずっと読みたかったものです。買って何度も読むような本でもなさそうだし、図書館にもないしで時が経ってしまったが、結局図書館で取り寄せてもらってようやく読みました。55歳で早期退職し、バイクの免許を取り、やたらでかいバイク買って19年かけて140ヶ国走った松尾さんの日記です。日記だからネットカフェ行って一日過ごすようなことも多いんだけど、一番すごいのはビザですね。英語ができないと言って、申請書にgomennasaiとか書いて出すらしい。それで140ヶ国とは!そんなんで国境通していいのか?やれば何とかなるがやらねば何ともならない、の塊で、特にクライマックスもないながら確かに読む価値はある。アフリカ怖るることなかれ。体当たりで話せば気持ちは伝わるもんだって感じでした。それにしても300キロを超えるバイクをわざわざ選ぶセンスが理解できない。倒れたら一人ではどうにもならないので、こんな所で転んだら野垂れ死にかもって場面がちょくちょくあるのに。 |


イサク・ディネセン著 横山貞子 訳、エイモス・チュツオーラ著 土屋哲 訳(河出書房) 難易度 ★★★
アフリカの日々は世界文学全集中の一編ではあるが、著者が大人しい気質のキクユ族の農園主としてケニアで過ごした17年間を綴ったノンフィクションエッセイ集。弾のないはずの散弾銃で遊んでいた子供たちのうち1人が亡くなり、もう1人の顎がほとんど吹っ飛ぶ件がある。加害者側が支払う賠償金ならぬ賠償家畜数の裁定法はアフリカならでは、っとそれはさておき、加害者の子供は自分はもうそこでは生きていけないとマサイ族に嫁いだ姉の元へと逃げた。マサイとして数年間暮らした後、再び帰ってきたのは気質も身のこなしも完全にマサイの戦士となった、肌つやさえ滑らかで独特の光沢を持った別人であった。ほんまかいな。でも、子供は牛の乳と生き血しか飲まないらしい。うーん、最高の肌つやは手に入れたいが、旨いもんいろいろ食べたいしなあ。そんなこんなで、アフリカの中でもマサイはどうも特異的であるようだ。とは言え、第一次世界大戦当時、イギリスの統治によってマサイが武器を持つことは禁止され、生き方を否定されたマサイは絶滅の一途であったらしい。本著はこの一件に留まらす、アフリカならではの、えっ!?と驚くようなエピソードの連続であった。アフリカならではと言えば、キクユ族の古老のンゴマ ― 祭りみたいな社交行事。古老のンゴマは何故か政府によって禁止されている ― では、古老はしわなどを強調した化粧をするそうだ。老いを隠す西洋文化との対比にははっとさせられるものがある。 一転して、やし酒飲みはノンフィクションとは天地が裏返ったような寓話である。大量のやし酒を飲んでいたらやし酒造りが死んでしまったので、死んだやし酒造りを連れ戻しに旅に出る。道中化け物だらけで奇想天外な出来事がてんこ盛り。6年ほどしか学校教育を受けていないナイジェリア人、チュツオーラの英語は土地の訛も相まって独特の風合いを醸し出しているらしい。それを訳で表現する訳者もなかなかの大仕事でしょう。難しいこと考えずに、気軽に楽しめばいい本じゃないかと思う。 |


ほんやのねこにもギュスターヴくんが登場していました。話もたくさんあって絵本なのに結構読み応えあるのもうれしい。勿論見応え抜群! |


伏見康治先生には「光る原子、波うつ電子」を読んで以来一目おいていましたが、図書館でコレクションを見掛けたので早速借りました。2013年出版なのにまだ一度も借りられていない。なんと勿体無いことか。アンテナの仕組みの話をしていたかと思えば、実はレーザーの話だったとか、物質の機械強度の話だったのがいつの間にか核融合や超流動へ展開するとか、話がまったくお目に掛かったことのない繋がり方で広がる。1964年頃に書かれたものであるが、獲れたてのカツオのように新鮮で、そこんじょらのものとは比べられない味わい(噂にしか聞いていませんが)でした。 |

学生時代にロジャー・ペンローズの分厚い「皇帝の新しい心」に挑戦し、完読したものの一切頭には入らず。ロマン溢れる業績や、いまだ手書きのOHPシート(オーバーヘッドプロジェクター用のA4透明シート)での講演(ノーベル賞受賞講演では手書きが少なかったけど)など、常々心惹かれているにも拘わらず敗退したままにしておくのは口惜しい。さりとて再び惨敗したら立ち直れない。そういう訳で、竹内さんの柔らかい解説で予習をしておくことにした。テーマはちょっと違いそうだけど、きっと助けになってくれるでしょう。 竹内薫さんのお名前は時々拝見しておりましたが、科学雑誌ニュートンの竹内均さんと混同していました。本著は難解な概念をとてもこなれた表現で表してくれるので、大変分かったような気にさせてもらえました。それにしてもペンローズの発想力、思考力は凄まじい。再び「皇帝の新しい心」を手に取るのにはまだ怖気づいております。 |

内容は★★★★★ですが、ポイントだけ抜粋し、図を多用した作りで★★★分も簡単にしています。医学的な視点で書かれているので、後ろ半分以上はちょっと興味から離れて行きはしましたが、はじめ3分の1はうちの研究室の学生が短時間で大まかなところを理解するにはこれ以上の本はないように思えます。ニューロンの構造や仕組みについて直感的に分かるように書かれています。 |

ブルース・チャトウィン 著 芹沢真理子 訳、カルロス・フエンテス 著 安藤哲行 訳(河出書房)
前半「パタゴニア」は、マゼランから欧州や米国から人々が入植しつつある変動の時代までのエピソードが散りばめられたチャトウィンの旅行記、であるが、主役を完全にエピソードに譲っており、タイムスリップしたような錯覚に陥る。チャトウィンが過去の人物について縁のある人を探してインタビューして回るのが、あたかも映画のストーリーテラーのような効果をもたらしているからだろうか。強盗団を率いたブッチ・キャシディのようなならず者が次々と登場する。碌でもない人が集まって国を築いたかのように思えるが、実際にそんなものかもしれない。そもそも原住民を追いやってきたのだから。プンタ・アレナス周辺には2度行ったことがある。懐かしく思ってこの本を手に取ったが、心に沁みるようなうら寂しさを漂わせるパタゴニアの裏側を教えてもらったような気がする。チャトウィンの「ソングライン」もそのうち読んでみたい。 「老いぼれグリンゴ」。アメリカ人のことをグリンゴと呼ぶらしい。女はグリンガ。初めてのメキシコ文学だったが、やっぱり国境問題は見る方向でまったく変わってくるのでよく分からない。フエンテスにとっても作家としての一番の課題のようだし、メキシコ人にとってもそうなのだろう。リオ・グランデは国境ではなく傷跡だ、という言い回しがぴったりくる。Manu chaoのWelcome to Tijuanaみたいにきっと混沌とした感じなのだろう。アメリカに領土を半分も奪われたらしいから、そりゃいつまでも根に持つのは当たり前だし、なぜ自分の先祖の土地に行けないのかと憤るのも当たり前だ。文体がフエンテス独特のものなのかメキシコ特有のものなのか分からないけど(解説によると前者っぽい)、初めて見るスタイルで、多少読み難いがそれがいい雰囲気というか場所感を出しているように思う。ストーリー自体は面白いものではなかった。ストーリーを読むというよりは、やっぱり国境なんだろうなあ。読んでいて暗喩がピンとくる人が羨ましくなった。 |

最終結論「発酵食品」の奇跡 小泉武夫 著(文藝春秋) 難易度 ★
小泉先生と言えば発酵。世界中あらゆる所で発酵食品を探して口にする。その先生がこれまでのご経験から「最終結論」と題した本書だけに中身が濃い。巻頭の写真とお題目を見るだけでうむむっと唸らされる。中でも、古い障子をきれいに洗って味噌と混ぜて作る紙餅や、焼いて食べるイワシそのもののような大根の漬物なまぐさごうこなどにはそそられる。メコンにはいつか行ってみたいな。コノワタは椎名さんの本にも出てきたぞ。試してみたいが入手困難あるいは高価なものが多く、残念な気もするが、果たして自分がその匂いに耐えられるのか、入手困難でありがたいのかも。などと徒然に思いを馳せながら、今回も耽美な小泉ワールドに浸った。 |


藤井先生の大衆社会の処方箋を読んでから長らく気になっていた本書をようやく読んだ。20世紀前半、欧州の覇権に陰りが見える一方でアメリカが台頭してきた。その構造とメカニズムを多少の、どちらかと言うと多の方が強そうな、偏見をもって切りまくる痛快な哲学書というか思想書というか、である。オルテガは、自分の歴史を持たない、過去という内臓を欠いた人間を大衆人と規定し、彼らを国際的と呼ばれるあらゆる規律に従順な連中と評する。彼らは文明の発達によって生み出されるが、ギリシアやローマのようにデマゴーグ(煽動的民衆指導者)の手に落ち込むほどの段階に達したら、その文明を救済することは非常に困難であると危惧する。確かにドイツはヒトラーの手に落ちた。そうなると、現代アメリカの危うさにそのまま移し替えられそうな議論である。日本も対岸の火事ではない。偏った評価ではないかと反論したくなる議論が随所に見られるものの、本筋は正鵠を得た卓見であろう。面白いことに、大衆人の代表に学者入れられている。その理由には納得させられるものがある。われわれも心して褌を締め直さないと。言語の簡素化も大衆人化プロセスの一つとして挙げられており、高橋源一郎氏や戸田山先生と似たような結論に至っているのも興味深い。 |

なぞの宝庫 南極大陸 100万年前の地球を読む
飯塚芳徳、澤柿教伸、杉山慎、的場澄人 著(技術評論社) 難易度 ★★
科学的な視点からはどうなのかと下記の本と併せて読んでみました。南極が乾いているのは想像していたが、乾ききっており、内陸ではほとんど雪が降らないとは知らなかった。負のフィードバックが働いて氷量の変動が抑制されていると楽観視されていたのが、巨大棚氷の崩壊でその考え方も崩壊したとか。確かにそのニュースには覚えがある。すでに馴染みのあるシャクルトンの話題も出てくるなど、これまでの知識を骨格として肉付けされるように南極の姿が露わになってくるようで期待以上に楽しめた。 |

南極ではたらく 渡貫淳子 著(平凡社) 難易度 ★
図書館で本書を見掛け、南極についてあまり知らないなあと思って読んでみました。渡貫さんは悪魔のおにぎりの原作者らしいですね。そういうおにぎりがあるという噂は聞いていましたが、南極で生まれたとは知りませんでした。越冬隊の調理番として昭和基地に1年間赴いたときの滞在記です。 |

科学する心 池澤夏樹 著(集英社インターナショナル) 難易度 ★★
世界文学全集を少しずつ読み進めているが、その編者である池澤さんのエッセイ集。さすが文章が立派。こんな日本語を書けるようになりたいのだけれど、毎ページ知らない単語の勉強をしている状態なのでハードルは果てしなく高い。目の付けどころも刺激的で、特に1話目の裕仁くんには驚かされた。つまり、幼少時の昭和天皇のこと。科学者に身分はないということで裕仁くん、それから成長した裕仁さんにまつわる話題から始まるこの話が最高に面白い。裕仁さんは戦争はしたくなかった。心の安らぎの地として科学に没頭した。昭和天皇といえば戦争関連での映像ばかり目に入る中で、科学者裕仁さんの心の内に迫るエッセイはこれまでの固定観念を見事打ち砕いてくれた。池澤さんご自身が元々理系を目指しておられたということで、ほかにも生物や博物学など多彩な話題で楽しませて頂いた。 |


Ole G. G. Mouritsen, Luis A. Bagatolli著(Springer) 難易度 ★★★★
Fat、つまりは脂肪。大人の男性の秘密の部分、すなわち腹回りに蓄積されるもののお話しではあるが、見つめる先は弛んだ部分ではなく細胞膜だ。リン脂質やスフィンゴミエリン、コレステロール、タンパク質などによって構成された細胞膜にとって相転移温度は最重要事項である。環境に応じて炭素鎖長や2重結合数を巧みに調節し、固相と液相、あるいはその中間状態(ネマティックやスメクティック)などが相分離した状態を維持する。膜内で相分離することで、状態の異なるドメインができる。これがタンパク質や脂質自体が様々な機能を持つための鍵となるようだ。ゲノム解析やタンパク質のフォールディングに注目が集まる中、意外にも単純かつ雑多な脂質群が要となる役割を担っていることが明らかとされる。2重膜にそぐわない構造の脂質がタンパクの活性化やリポソームの分割/融合を制御したり、脂質の成分勾配によってタンパク質を適正な場所へ運んだり、アルコールや麻酔薬と2重膜が深い関係にあったり…。まさにas a matter of fact, life is a matter of fat。知らないこと目白押しである。洒落たタイトルから期待される著者のサービス精神が遺憾なく発揮され、読者フレンドリーな書きっぷりで重厚な内容もすんなり理解できる(ような気がする)。産声を上げて間もないこの分野における最高の教科書であろう。全編にわたって最新の情報をアップデートしつつ、これだけの本を仕上げた著者には頭が下がる。著者はUmamiやTsukemonoといった本も出しているところからしてかなりの日本通でもあるようだ。 |


ギュスターヴくんはネコなの?ヘビなの?そえともタコなの?やんちゃなギュスターヴくんにワニくんが振り回されます。細かく描き込まないと気が済まないというヒグチユウコさんの緻密なおどろおどろしいタッチで描かれたギュウスターヴくんがあまりにカワイイ。上のリンク先で触りが読めます。全卓樹先生のtwitterで見掛けて調べて一目惚れ。実はどうやら全先生のとはギュスターヴくん違いだったようだけれど。 |

脳と時間 ディーン・ブオノマーノ著、村上郁也 訳(森北出版) 難易度 ★★★★
時間とは何か。過去から未来まで存在するのか、はたまた今しかないのか。なんじゃらほいと思うが、なるほど量子力学の多世界解釈(パラレルワールド)にも通じるこの世の解釈についての疑問だ。したがって、話は相対性理論にまで広がる。どうオチをつけるのかと期待させられたが、さすがは未解決中の未解決問題なので期待外れは仕方がない。問題の奥深さを知れるだけでもありがたいというもの。例えば、時間を議論する我々は自分自身の感覚器を通してしか感知できないことから、時間が幻かもしれない。3次元空間では視点を変えると2物体が重なったり離れたりするが、相対性理論では時間も同様に扱われる。つまり視点次第で前後関係が逆転することもあり得る。その生物の感覚器、つまり時計はたくさんある。機械式時計のように、秒から年まで数え上げるのではなく、各スケール、各場面によって異なる時計を使っていることが分かっている。洞窟で暮らすと1日のサイクルがかなり長くなるらしい。しかし、体温上昇と下降のサイクルはほぼ24時間である。朝型の人は24時間弱。23時間を切る人もおり、社会生活に支障をきたすようである。3交代のような生活だと、時計(眉間の奥の辺りにあるらしい)を壊した方が快適に過ごせるようだ。 |

岳物語 椎名誠 著(集英社文庫)
旅先のオバケ 椎名誠 著(集英社文庫)
おなかがすいたハラペコだ。2 おかわりもういっぱい 椎名誠 著(新日本出版社)
おなかがすいたハラペコだ。3──あっ、ごはん炊くの忘れてた! 椎名誠 著(新日本出版社)

息子がハマり中。ということで、今更ですが岳物語。人の息子さんの話は抵抗があったけど、それがらみというだけで、日常の椎名さんが垣間見れたのがよかった。喧嘩っ早い椎名さんもご近所さんとはそうも行かずにストレス溜めることもあるとは思わなかった。逆に非日常の極みであるオバケ。イメージ違わず霊感0なので貴重なお話。特に外国のオバケは興味深い。ネタが少ないので後半は変な宿特集でした。一方、ハラペコシリーズは通常運転の椎名さんでした。連載だからネタなしでも書く。もう重鎮だから、垂れ流すように書く。こんな風に垂れ流してみたいものだと羨望の想いにかられる椎名さんオリジナル文体を楽しむ本、ですね。さて、お薦めと言えばナマコ。ただのおっさんっぽい小田さんには裏の顔があった。徐々に明らかにされていく小田さんの秘密。のどかな北海道編から香港編へと話は進み、ドキドキハラハラのサスペンスへと展開していく。こりゃ小田さんの怪しくも痛快な活躍譚ですね。小田さんの活躍で椎名さんが小物に見えてきて妙にかわいい。 |

ケラチン繊維の力学的性質を制御する階層構造の科学 新井幸三 著(ファイバージャパン)
髪の毛や羊毛などの構造を分子レベルからマクロレベルまで丁寧に解説してくれています。力学的特性については論文レベルで詳細が書かれています。高分子の力学と同じく直接観察や測定が難しいため、いろんな手を使っているのが勉強になるを通り越してご苦労様というか。どんどんマニアックというか専門化していいくので興味からズレてきましたが、これ一冊でこのテーマはお腹いっぱい、満足です。 |


物理学というからガチガチの物理かと思いきやそうでもなく、丁度我々のイメージする物理化学程度。思ったよりずっと化学寄りで、そういう意味では拍子抜けする。ただ、内容は論文でも読んでいるように濃密度で、手加減無しにズンズン進む。お陰で読むのが少々しんどいけれど、情報量豊富なのでこれ一冊あればという気にさせられる。 さて、肝心の内容だが、アクチン、ミオシンなど筋肉を構成するタンパクが主役である。この本の面白いのは、筋肉でなく細胞の運動に焦点が当てられていること。動く細胞と言えばアメーバだが、人間の細胞も怪我をすると傷を塞ぐように動く。細胞内にアクチンが細胞骨格としてあるのだ。筋肉と違ってアクチンだけで運動できるらしく、そのメカニズムをもってこの本のクライマックス、あるいはエンディングとなる。そこに辿り着くまでに細胞膜を作るリン脂質や、細胞膜内タンパクなども詳細に解説されている。細胞に関する本は、生物視点、つまり医学より見地からの解説が多いのに対し、ここでは物理化学的視点で解説してくれるのでありがたい。有用な情報が多々得られた。 ここでトリビアを1つ。細胞膜は温度変化によって相転移を起こすが、リン脂質の2重結合数を制御するなどして細菌が培養温度のちょっと高温に相転移温度がくるように調節しているらしい。そしてその能力は恒温動物でありながら未だ人間の細胞にも受け継がれている。 |

レア 希少金属の知っておきたい16話 キース・ベロニーズ著、渡辺正訳(化学同人)

6年程前に新刊で出たときにNature誌で紹介されていたのを、今頃になってたまたま見つけて訳本を入手しました。発展途上国での資源掘削が地元住民に甚大な被害をもたらしていることがしばしばあり、そのような知見を深めようとして読んだのですが、それ以外にも収穫大でした。中国は90年代に国策として、採算度外視でレアメタルを世界中に流したそうです。アメリカを始めとする資本主義の国々の企業は中国から買い取るようになって国内操業は止まり、完全に中国依存となってしまった。再操業には環境面でクリアすべき問題が多々あるし、莫大な資金が必要なのでとても無理。結果としてエレクトロニクスの首根っこを中国に牛耳られる結果となったとのこと。米中でやり合っているように見えて、実はアメリカは非常に苦しいんですね。中国がレアメタル売らないと日本も電化製品作れないとは聞いたけど、なるほどそういうことだったのかと納得しました。それもこれも、毛沢東の下で失脚した後立ち直った鄧小平がそのように推進したお陰だということ、しかも鄧小平はフランスで学んだということで、一朝一夕の話ではないのがよく分かりました。ロシアからイギリスに亡命した元KGBスパイのリトビネンコが2006年にポロニウムで暗殺された件は、まるでスパイ小説、というかスパイ現実でうちの子も喜んで読みました。 230ページほどの本だけど、内容詰め込み過ぎで読み辛いです。分割してじっくり書けば素晴らしい本になったかもしれません。守備範囲が広過ぎて情報深度も浅い部分が多く、信頼度もやや低い印象を受けました。文章力ももう一つです。そういった残念な点はあるものの、化学系でこれはという読み物がない中では非常に面白い、視点を大幅に広げてくれる本であることは間違いない。化学系の学生さんには是非読んでもらいたいです。ベロニーズは来年にはまた化学系の本を出すようです。内容だけでなく、文章も読ませるように作家として成長しているのではと期待しています。 |

医師・医学生のための人工知能入門 北澤茂 著(中外医学社) 難易度 ★★★★
阪大の先生が書くAIの本です。よくあることですが、入門と言いながら初心者には読めない内容。AIの仕組みを解説するのではなく、実際に動いているAIについて時系列に沿う形で具体的に解説してあり、細部が分からなくても腑に落ちる部分が多い。そんな中で、AIの課題は意味を理解させることのようです。意味を理解させるには子供と同じように経験から学ばせないと。そうすると子供が成長するのと同じくらい時間が掛かるかも。確かにそうかもなあと思います。人工的に木材を作れないかと考えて、いろんな要素を含めると結局木を育てるのが一番早いという結論に至ったことがあるけれど、似たところがあるようです。AIの場合、情報をコピーできる強みがあるけれど、コピーすると古い思考回路が成長の妨げになるかもしれませんね。 |

高田純次のチンケな自伝 適当男が真面目に語った“とんでも人生" 高田純次著(産経新聞出版)
人生の言い訳 高田純次 著(廣済堂文庫) 難易度 ★
「自分は高田純次のギャグを目指している」と言った九州出身のムキムキ同級生の言葉で目覚めて以来、高田純次さんには長年注目している。本が出てるとは知らなかった。地元の図書館にも3冊あった。 自伝はおもしろい。30にもなって衝動的に宝石会社辞めて劇団復帰する顛末、その結果としての寝る間もないアルバイト三昧、あれだけの有名人の以外に楽でない生活(趣味が原因かも?)、加えて、さすが高田純次と結婚するだけあると納得される奥さん絡みの逸話など読み応えあった。なぜだか、筒井康隆の「旅のラゴス」のような淡く切ない読後感もありました。人生振り返ってるからかなあ。売れっ子で無茶苦茶成功しているはずなんだけど、本人からしたらビッグヒットのない2番手3番手と思っているところも意外でした。文章は本職ではないし非常に読み難いんだけど、ちょっと我慢するとあちこち金が見つかる割のいい金鉱探しのようです。他の2冊については、よい子は読まないように。 |

アルトゥーロの島、モンテ・フェルモの丘の家 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-12)
エルサ・モランテ著 中山エツコ訳、ナタリア・ギンズブルグ著 須賀敦子 訳(河出書房)
開放感を楽しめそうな島の話なんかについつい手を出してしまうんだけど、アルトゥーロの島はイタリア実在の島が舞台なのでgoogle maps見てリゾート気分を味わいながらの読書でした。偏屈親父にファザコン息子、そこに若い再婚の義母が現れてという流れで、何故名作は駄目人間オンパレードなのか、駄目人間なしでは名作は成り立たないのか、あるいは駄目人間を描くと名作になるのか。などと考えながら読んでいたら、このシリーズでは味わったことがないくらいスイスイ進む。志村後ろーってのと同じく予想通りの流れで進むと楽なんですね。適度に状況変化が起きるし。結局は山本有三や井上靖のような青臭い少年の成長記でした。名作映画と言うよりは、テレビドラマかな。 後半は、これまたイタリアのギンズブルグの作品。手紙のやり取りのみで書き上げるというチャレンジングな表現法に挑んだのだろうけど、手紙での状況説明は辛い。内容が不自然だし、そもそも何ページにもわたる長い手紙なんて書くか?という違和感満載だし。始まって1/3はしんどかった。そこを超えたらすらすら読める、他愛もないあの人とこの人がくっついて、こっちでは分かれてといったゴシップ小説のような趣きでした。得られるものはないけど、後半は登場人物の体たらくに腹が立たなければ気軽に楽しめるでしょう。 |

すごい実験 高校生にも分かる素粒子物理の最前線 多田将 著(イースト・プレス) 難易度 ★★
世界の5大加速器からカミオカンデ、ニュートリノ、クオーク、レプトン、ウィークボゾン、果ては重力レンズ、ダークマターまで、よくこの内容を高校生相手にと唸らせられる。高エネ研の多田先生が高校で4回授業したのを本にしたものですが、この難解なお話を大阪仕込みのサービス精神で噛み砕いて噛み砕いて解説してくれます。カミオカンデに向けて東海村からニュートリノを発射すると、丸い地球の地下を突っ切る。さらに隠岐の島を通り、韓国に至る。経路上に検出装置を置けば誰でもオコボレに預かれる、なんてことになってたり、1mm3中に電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノが各1億個ずつもあって宇宙はニュートリノで溢れていたり、初耳情報も多々あって気軽に楽しめました。中一の子供もおもしろがってつまみ読みするくらい。 多田先生は存じ上げなかったのですが、全卓樹先生のtwitterで新刊「ソヴィエト連邦の超兵器」が紹介されていた関係でネットでチェック。多田者ではない風貌に惹かれて一冊読んでみました。 |

セメント・ガーデン イアン・マキューアン著、宮脇 孝雄 訳(早川書房) 難易度 ★★★
英国人作家イアン・マキューアンが世界文学を担っていることに疑いはない。なんてことを朝日新聞の書評に書かれていたら知りませんでは済ませられない。ネットで見るマキューアンは如何にも神経質そうなお顔で、陰険な内容ではと警戒しながら読んでみた。4人兄弟の両親が亡くなるところから始まり、近親相姦まがいの子供の遊び、卑屈な主人公、と予想通りのジメジメした展開。それでもさすがは巨匠。登場人物と事件の少なさにも拘らず読ませる。しかもこれだけジメジメやっておきながら、意外に読後感はそれ程悪くなかった。サクッと終わったからかな?新刊も是非ってことはないけど、もう一冊くらいはとも思う。 |

ミャンマーの柳生一族 高野秀行 著(集英社文庫) 難易度 ★
たまには息抜きに高野さん。多作だからまだまだ資源枯渇の心配もない。さて今回は、船戸与一さんの案内人としての渡航です。船戸さんのVISA発給に柳生ならぬミャンマー軍監視の条件が付いたお陰で、道なき道を行かない旅です。が、先日のクーデターの内幕を見るようで、ほーほーと感心させられることしきり。例えばスー・チーさんも軍もアウン・サン将軍を源とした兄弟姉妹みたいなものらしい。政府反政府、民主化と軍政、といったものじゃあないわけですね。それにしても帰国後にフィクションのようなオチまで付いて、なかなかでした。15年前の本だけど今の軍はどっち派なんだろうか。 |

群れは意識をもつ 個の自由と集団の秩序 郡司ペギオ-幸夫 著(PHPサイエンス・ワールド新書)
意識なんて定義にも難のある題材にどうやって切り込んでいくのかと期待したけれど、題名が的外れでした。粘菌コンピュータにも関わっておられるらしく、ミナミコメツキガニの群れを使った実験やシミュレーションの発想はなかなか感心させられるものがあります。ただ、ご自身の研究室の活動記録といった感で俯瞰された描像が見えてこず、門外漢にとっては面白そうなだけにフラストレーションの溜まる内容でした。構想は立派でも書かなきゃゼロ。こういうこともあるでしょう。 |


ナビ使うとバカになる。そう思ってマップル1本で勝負してきたのに、最近の車は標準装備は当たり前。ナビのためにエンジンもバッテリーもでかくなって燃費悪化するのに。こっそり腹を立てていたところに、本屋でこの本を見つけた。やっぱりそうですか、海馬小さくなるんですか、海馬小さいとアルツハイマーの危険性も上がるんですか、スマホでターンバイターンなんてもっての外、こんなことではこの先人類はどこまで本来の能力を失っていくのか、…とまあ思った通りの筋で進む。ところが、面白ポイントが全然違ったのです。バフィン島、オーストラリア中西部、フィジーとあちこち行って羨ましい限りなのだが、歌に込められた情報を頼りにソングラインを辿ればオーストラリア大陸隅々迷わず歩けるとは、アボリジニ恐るべし。2本のソングラインだけで砂漠を越えて大陸横断できるとか、歌うのに1週間掛かるとか、年単位で覚えるとか、視認できる星すべて覚えているとか。ナチュラルナビゲーションの一端を知るだけでSF読んでるようだった。それはそうと、ディズニーの文化破壊については他でも聞いたなあ。 |

知ってるつもり 無知の科学
スティーブン・スローマン 著、フィリップ・ファーンバック 著、 土方奈美 訳 (早川書房)
人一人が知り得ることはたかが知れている。科学的偉業に対して誰か一人を英雄に祭り上げ、他を英雄になれなかったボンクラ扱い。そういう偉業譚が好まれるが、実際にそのようなことはない。コミュニティの成果である。そもそも先人の築き上げたものの上に立っているわけだし。だからこそ、タッチの差で一等賞を取れなかった人がいたり、実はその前にほぼ同等の成果を挙げていた人がいたりする。そんなの当たり前じゃないかというような話を、これでもかと実例を挙げて具体化し、明確に認識させてくれるのがこの本のいいところではないだろうか。言語化しないと迂闊に流されてしまい勝ちなので。 |


全卓樹 著 (朝日出版社) 難易度 ★★
たまたま「教養の書」に続いて読んだわけですが、これぞ教養の塊では!?、と感銘を受けました。天文からアリンコまで全22話。確かに夜話だ~と唸らせられる物静かな語り口。自問自答する中で溢れ出る教養の数々。それでいて読み手を選ばない簡明さ。さぞ書き慣れておられるのかと思いきや、エッセイはこれだけっぽいので、次作に期待しています。…と、期待していたら、朝日新聞社ウェブマガジンのあさひてらすに連載されてました。ネットで読めます。 |

教養の書 戸田山和久 著 (筑摩書房) 難易度 ★★
ものものしいタイトルで装丁も立派ですが、難易度★2つです。このタイトルで書くのは勇気いりますね。あるいはよっぽどの自信家か。ということで、戸田山先生の言い訳から始まるものの、端々に教養が溢れてます。教養への道は罠だらけ。そりゃそうでしょう、じゃなきゃ教養人に満ち溢れてるはず。言って欲しいことを実によくまとめてくれているありがたい本でした。とりわけ、学問の「スローサイエンス化」には拍手喝采です。声高に言うとフトドキものとして抹殺されそうなのでこっそり信者を募ってましたが、はじめて明文化されているものを見ました。大いに勇気づけられます。見習って勇気を持って声高に言ってみますか。大学は、社会の歯車を作るのではなく、教養人を育てるべきだ! 大学生向けに書かれているので、大学生の皆さんには是非読んで欲しいです。 |

「科学的思考」のレッスン 学校で教えてくれないサイエンス 戸田山和久 著 (NHK出版)
担当教科の科学表現論の参考になるかなと思って読んだところ、前半はそのままでした。スタンダードなのでしょう。話の展開や例の出し方が分かり易いので、学生さんには読んでもらいたいなあ。後ろに行くほどオリジナリティが上がってきて、後半は大衆でなく市民となるための指南書的ないい話です。うんうんと肯きながら読みました。大衆はオルテガかな? |


宇宙は波動関数とシュレーデンガー方程式に則った時間発展のみから生み出された?さらには時間と空間も。原理主義的に量子力学の本質に取り組む意欲作でした。応用重視で量子力学自体を省みない世間の趨勢に対する苛立ちには大いに賛同しました。 |

今度こそわかる ファインマン経路積分 和田純夫 著 (講談社) 難易度 ★★★★★
ファインマン物理学の方を読むべきところをサボりました。例えば光はあらゆる経路を辿って、海を越え山を越え、はたまた宇宙の裏側をくねくね回って進むんだけど、それをすべて足し合わせるとスタートからゴールまで最短コースだけ残るというような話を聞いてそそられてました。途中から式を追えなくなったけど、シュレーディンガー方程式が導出されるところあたりまでは実にしっくりきました。 |


著者は男性です。女性を連れて行くような旅ではない。なのに奥さん連れて行くとは。ザイール時代(前半)が秀逸。バスが隠れるほど掘れた轍や、全長200mに及ぶオナトラ船、船上は動物だらけのスラム街、ショルダーバックにされるサルの燻製、特等部屋横で縛られて鞭打ちされるドロボウ、…。 |

Biomineralization Principles and Concepts in Bioinorganic Materials Chemistry
Stephen Mann著(Oxford University Press) 難易度 ★★★★
Cölfenがバイオミネラリゼーションにおける結晶成長に焦点を当てたのに対し、Mannは有機体の働きに重きが置かれている。例えば結晶成長させる下地として、βシートで電荷分布を整えて結晶系や方位を制御したり、イオンポンプが配置された膜を用いてイオン濃度を制御することで特定の形状になるように成長させたり。例えば円石藻の炭酸カルシウムの殻は光合成と見事に絡みあい、そのイオンフラックス(流れ)の設計は秀逸である。有機と無機の境界領域から今後何が出てくるのか大いに楽しみである。 |

生物の「安定」と「不安定」 生命のダイミクスを探る 浅島誠著(NHK出版) 難易度 ★★★
前出の「形の生物学」をはじめとして似た系統の本を何冊も読んでいたので、読むの2度目かと思ってしまった。でも冒頭部分はなかな素晴らしかった。 |

複雑ネットワーク 増田直紀著、今野紀雄著(近代科学社) 難易度 ★★★★
グラフ理論です。碁盤の目やクモの巣みたいなネットワークについて研究する分野で、ある先生がなんであんなつまらない研究するんだと昔言ってました。インターネットや電気輸送網なんかが発達したり、単純な素子を相互作用させて複雑な特性を持つ集合体にする技術が発展したり、なかなか重要な分野になってきたんじゃないでしょうか。脳神経のネットワーク関連で読んだけど、勉強になりました。 |

形の生物学 本多久夫著(NHK出版) 難易度 ★★★
生物は閉じた袋で、袋が内側にめり込んで向こう側でプチっと外につながってドーナツ状になり、口と肛門ができる。そこまではいいが、眼球の水晶体がそういうプロセスが細々と進む中の1つとしてできてくるのは衝撃でした。体内にもそこら中に内と外がある。そういうことを理解せずに内外混同した美容液が使われているケースもあるらしい。袋問題の突き詰め方が秀逸。 |

奇跡の論文図鑑 NHK「ろんぶ~ん」制作班著(NHK出版) 難易度 ★
ラーメンの残り汁でエンジンが動くか、といった変な論文集。ヒマにまかせて読むとそこそこ楽しめます。受け狙いでなく、本気で研究しているところがよい。ゼブラフィッシュとか、感心するネタも幾つかありました。 |

複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する
二ール・ジョンソン著、阪本芳久訳(インターシフト) 難易度 ★★★
複雑系の研究で明らかになってきたことには、幹線道路使う人と裏道探す人、戦略がぱっかり2つに分かれるのは本質的らしい。2コブの分布ができる。化学の世界で複雑系はまだまだだけど、都市計画、経済政策などなど結構われわれの生活を直撃するような大きな話については研究が進んでいるようで、AIなんかと同じく化学や科学もそっち方向にシフトして行きそう。 |

経済数学の直観的方法 マクロ経済学編 長沼伸一郎著(講談社) 難易度 ★★★
ここでも紹介した「物理数学の直感的方法」はすごくためになったので、異分野ではあるが試しに読んでみました。マクロ経済学なるものがそれなりに認識できはしたものの、元々それほど興味がないからか面白いという気にはなれなかった。ピケティのときは分かるけど情報多くて面倒で嫌になって半分くらいで止めた。それに比べるとメカニズムの話なので性に合ってはいました。ピケティは圧倒的情報が売りなので、好きじゃないと辛いと思います。 |

昔話のコスモロジ-: ひとと動物との婚姻譚 小澤俊夫著(小澤昔ばなし研究所) 難易度 ★★
小澤昔ばなし研究所はマンションの一室っぽい住所で新聞の1面によく広告出しているので何だろなあと調べれば、ご本人は筑波大名誉教授でオザケンのお父さん、ということは小澤征爾のお兄さん。すごい家系だ。近所の図書館で講演会があったのでグリム関係のお話を伺ったが、なかなか達者で造詣も深く、とても勉強になったし楽しかった。 つる女房など、動物との婚姻譚は結構ある話ではあるが、同じ動物や話でも国によって扱いがえらく違う。随所に昔話が抜粋で紹介されているので、そこをつまみ喰いするだけでも楽しめる。中でもイヌイットの蟹はスゴイので、なんかよく分からないんだけど面白くて何度も読み返した。 |

原稿用紙10枚を書く力 齋藤孝著(大和書房) 難易度 ★
10枚書けると幾らでも書けるようになる。それではどうやったら10枚書けるか、オリジナリティはどこから生まれるか。ポイント絞った作りなので、なるほどなかなか分かり易かったです。書くの苦手な学生さんは読んでみるといいと思います。 |



スチュアート・カウフマン著、米沢富美子訳(筑摩書房) 難易度 ★★★★
驚きました。ここまで生命の起源の本質が明かされているとは。しかも20世紀中に。ブール関数を使ったシミュレーションではあるが、秩序あるいはカオスが生じる条件を明らかにし、進化はカオスの縁で起こって生命を生み出すことを示している。あまりにクリアに示されているので、もうすることが無くなったのでは。最後に経済に展開しているのは、そのせいかも。 |

ニューロダイナミクス 伊藤宏司著(共立出版) 難易度 ★★★★
教科書です。式もたくさん出てきます。素人として読んだので評価できませんが、リーズナブルな内容ではあります。この手のものは複数読んで自分なりの認識を高めないと分かったかどうかもよく分からない。 |

ゴムの力学について、非常にわかり易くまとめてあります。ゲルのレオロジーについて理解するのにも大いに役に立ちました。高分子固体の中はほぼ知りようがなく、ばね(弾性)とずれ(抵抗)だけでモデルを立ててフィットさせていくという地道な作業の末、これまで多大な成果を得てきたということで、大筋が分かればこの手の話がとてもよく分かるようになりました。 |

荒野の呼び声 ジャック・ロンドン、著海保眞夫訳(岩波文庫) 難易度 ★★
ゴールドラッシュ当時のカナダやアラスカが舞台の古い本で、主役の犬が野生に目覚めて逞しくなっていく話です。名著と言われますが、ピンと来なかった。多分当時は衝撃的だったのでしょう。野田知佑氏によるとジャック・ロンドンの自伝が兎に角面白いらしいので、そちらをそのうち読んでみたい。 |

地球怪食紀行―「鋼の胃袋」世界を飛ぶ 小泉/武夫(光文社) 難易度 ★
浅学で小泉武夫先生のお名前は存知上げておりませんでした。図書館で怪しげなタイトルに惹かれて手に取ったところ、タイトル以上に怪しげな文体でおどろおどろしい内容で、借りてすぐに読んでしまいました。発酵学では第一人者、小泉純一郎氏とともに小泉会を開くような方だとは。ウマいものをもらっては酒を見繕って眺めのよいところで楽しむ。共感しまくりですが、ついて行けないハイレベルです。 |

ユーコン川を筏で下る 野田知佑著(小学館) 難易度 ★★
何度となくカヌーで下ったユーコンを筏で下る野田さん。随分お歳を取られて昔の血気盛んなところは減ったように思いますが、その分深みが増したようです。読んでいると雄大な風景の中で旅をしているかのような気持ちになれます。作家というよりカヌー乗りなのでしょうが、外れなし。 |


今度はソマリアへ。実は3つの国で、一番北のソマリランドは独自通貨もある平和なカートの国、真ん中のプントランドは海賊ビジネスの国、南部ソマリアは戦国状態。ソマリランドでカートを楽しみ、プントランドで海賊ビジネスを仕掛けます。ノンフィクションの矜持を守るため常に自費の高野さんの財布からどんどんお金が流れ出します。続編の「恋するソマリア」(未読)も含め、非常に話題になりました。現在ソマリアは分裂した模様。 |

イスラム飲酒紀行 高野秀行著(講談社) 難易度 ★
悪の巣窟は本当に悪の巣窟か、とアヘン独占状態であったゴールデントライアングル(ミャンマー北部)に単身乗り込んでケシ栽培。帰国後、アヘンに代わってアル中になった高野さんはイスラムに飛びますが、イスラムで如何に酒を手に入れるかに始終します。そこからそれぞれのお国柄を引き出すところがさすがの手腕!おいおいっと突っ込みながら、読みどころ満載です。 |

間違う力 高野秀行著(KADOKAWA) 難易度 ★
高野さんとは知り合いでもないけど、氏というよりは「さん」がしっくりきます。このコーナーでも何冊か紹介してますが、やることがいちいち間違ってますね。素晴らしい間違い具合で毎回拍手です。ここではエピソード集プラス教訓といった感じですが、ご友人としてもやはりその系統の方々が集まるようで、世の中にはいろんな人がいますね。 |


なんと言ってもタイトルがスゴイ!惚れました。のっけから、「腓骨で立つ人達」とかいう、ちょっと蔑んだような節が出てきてさらに惚れました。われわれのいる科学の世界とはちょっと手順が違う科学ではあるけれど、実によく考えておられます。生物の進化から論じるところなど、なるほどと納得させられました。骨で立つ、筋肉、骨、内臓を緩める、重心を正す、そんなところでしょうか。バイブルにしています。確かに違います。侮り難し。 |


メソポタミア文明を育んだチグリス・ユーフラテス川流域。今はイラク。随分イメージが違いますが、広大な湿地帯だそうです。地面はなく、葦の上に葦の家を作って住み、葦舟で行き来します。イギリス人のセシジャーが過ごした1950年代に7,8年過ごしたときのノンフィクションです。敬意を持って読みました。いい本です。 |

アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極 角幡唯介著(集英社)
坂東先生のお薦め
早稲田探検部出身の高野秀行さんの後輩である角幡さんについては、坂東先生に教えてもらって初めて知りました。フランクリン隊の足跡を推理しながら辿ります。とは言っても徒歩で1600キロ。氷の山がグサグサのところをソリ引きながら進むんだけど、進んだ先に道があるのか。食べ物なくて已む無く野生生物を食べるところも衝撃的です。ただ、文章がウマ過ぎ。探検家なのに流麗なので小説チックに思えてしまう。ゴツゴツした文体の探検物に慣れているだけに妙な違和感がありました。とは言っても内容は文句なし。 |

雪男は向こうからやって来た 角幡唯介著(集英社) 難易度 ★
アグルーカの行方では流麗な文体に違和感を覚えたものの、なんと言っても面白いので角幡さんの2冊目を読みました。雪男ものでヒマラヤに行くわけだけど、なかなか面白かった。今度はなぜか文体に違和感なし。鈴木紀夫さんも昔に雪男探索で命を落としていますが、それとも絡みあって楽しめました。 |
本来人間が持つ耐寒能力には脱出記で散々驚かされましたが、これはそれ以上。空中で凍るような飛沫に何日も何十日も晒されていると凍るでしょう、普通。パタゴニア先住民のヤーガン族は裸で泳いで魚介を取っていたらしいけど、慣れればそのレベルに達するのか?南極の氷で船が破壊され、救命ボート3艘で全員脱出した話ですが、脱出に要した時間が途轍もない。全員無事が売り文句なので安心して読める。 |


島田覚夫著(潮書房光人新社) 難易度 ★★
終戦前から話は始まり、副題通りの内容ですが、長らく原始生活を送っていた島田さんがなぜこんなに文章が上手いのかが謎。餓えとの戦いの末にやっと手に入れた獲物や収穫物を口にする悦び、久々の塩に痺れる感覚、心に突き刺さり、思わず食卓へ向かいたくなる。 |

「読む」って、どんなこと? 高橋源一郎著(NHK出版) 難易度 ★
小泉武夫先生に続き、高橋源一郎先生のことも存じ上げておりませんでした。でも画像検索したら心当たりが。テレビで誰もが見たことのある方ですね。失礼を承知で率直に言うと、やたら細かくて直接教えを請うのは気後れするけど、著書を読んだら無茶苦茶勉強になる。そんな感じです。「読む」って、どんなこと?は、「生きる」って、どんなこと?でもありますね。「読むダイエット」はネットで読めます。これもなかなか勉強になります。 |

パパは脳研究者 子どもを育てる脳科学 池谷裕二著(クレヨンハウス) 難易度 ★
また子供ができたときにこの本を見つけて買いました。いつも通り学術的な面白さを求めるとちょっと物足りないけど、池谷先生のプライベートが微笑ましく、自分の子供とシンクロさせながら読むと楽しくもあり、参考にもなり、赤ちゃん以外家族全員で読めるし、買った甲斐がありました。 |

脳には妙なクセがある 池谷裕二著(扶桑社) 難易度 ★
脳の研究者である池谷先生は論文チェックを日課として行っておられるそうで、そのダイジェストをご披露頂ける非常に有難い本です。面白い話を見つけると披露したくなるらしく、いつも楽しみながら学ばせて頂いております。こういうのをwin-winというのかな。短編たくさんなので、へーっへーっと言いながらサクサク読めます。 |

刺激的というか挑発的なタイトルと表紙ですが、中身は結構真面目な話。50歳越えてからまったく眠れなくなる病気が発病する一族が世界に何十家系かあるらしい。しかも、感染もする。実は狂牛病みたいにプリオンによることが分かった。その常識を打ち破る発病メカニズムは、糸口を見つけるだけで一苦労。学術的ながらもエンタメで、プリオンの名付け親をこき下ろす歯に衣着せぬ物言いは痛快でした。 |


素晴らしい!漫画と言っていいのかな?オリジナリティ溢れる柴崎さんの著書を是非見てみて下さい。柴崎さんは何冊か出されていますが、どれも形容し難いレベルの力作。広く世の中に知られて欲しいものです。本著マヤ、アステカの奇想天外さは、頭を木で挟んで細長くするとか、人の皮を着るとか、生贄になって大喜びとか、行き過ぎ甚だしくなんだか逆に平和を感じてしまう。 |

土と内臓 (微生物がつくる世界) デイビッド・モントゴメリー著、アン・ビクレー著、片岡夏実訳(築地書館)
植物は根の先から栄養素を出して益となる微生物を培養し、必要成分を得ている。内臓、特に大腸もまったく同じことをしているそうだ。このgive and takeにより、自力で分解できない食物繊維なんかを分解して活用する。なぜ伝統的食事が大切か、なぜ食べているのに飢餓が発生するか、いろいろと納得させられます。ある先生によると、人の腸内細菌の種類は歳を取るにつれて土壌微生物に似てくるとか。 |

銃・病原菌・鉄(上・下巻) ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(草思社) 難易度 ★★★
話題になった本です。売れたものに有り勝ちな賛否両論あるようですが、強い者が征服するという視野狭窄を正してくれるのは有難い。アンデスびいきとしては、ピサロひどい!アタワルパ頑張れ!ってとこですが、ピサロも相手の真っ只中に少人数で乗り込むんだからすごい度胸だ。見てきたように書かれていて、アタワルパがちょっと間抜けに思えました。 |

文明崩壊(上・下巻) ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳(草思社) 難易度 ★★★
面白かったので、銃・病原菌・鉄に続いて大学図書館で借りて読みました。文明崩壊の例を次々と見ていくわけだけど、火山灰がそんなに重要だとは知りませんでした。ピトケアン諸島あたりもそそられて見てみたら、なんと手持ちカメラのストリートビューが結構見られるではないですか。情緒無いのを嘆きながら、結構島中見てしまった。 |

だいたい四国八十八ヶ所 宮田珠己著(集英社) 難易度 ★
四次元温泉日記 宮田珠己著(筑摩書房) 難易度 ★
ふしぎ盆栽ホンノンボ 宮田珠己著(講談社) 難易度 ★
日本全国津々うりゃうりゃ 宮田珠己著(幻冬舎) 難易度 ★
いい感じの石ころを拾いに 宮田珠己著(中央公論新社) 難易度 ★
抜群に力の抜けた宮田さんの本を読んでいると、こっちまでふにゃ~ふにゃ~になってしまう。ゆるゆる~と気を抜いてると、気が付くとオッというところまで突っ込んで行ってるし。石拾いだけで一冊書くところが素晴らしい。ホンノンボも味わいあっていい。神津島には2回行っちゃいました。なんだかんだ言って、かなり文章上手いんですよ。 |

はい、泳げません 高橋秀実著(新潮社) 難易度 ★
男は邪魔!~「性差」をめぐる探究~ 高橋秀実著(光文社) 難易度 ★
「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー― 高橋秀実著(新潮社) 難易度 ★
やせれば美人 高橋秀実著(PHP研究所) 難易度 ★
素晴らしきラジオ体操 高橋秀実著(草思社) 難易度 ★
なんでそこ行くかなあという目のツケドコロが気になって、見つけると手に取ってしまいます。単刀直入なタイトルセンスなんか抜群だから、論文書くときはタイトルをお願いしたいくらいです。結構細かく分析されるので、意外と読み応えあります。村上春樹さんと仲良いらしく、謎な人です。 |


さすがバックパッカーのバイブルと言われるだけある。それで本一冊書けちゃうんじゃないの?と言いたくなるようなエピソードも一節ですっ飛ばし、すごいテンポでユーラシア大陸を行ったり来たり。いやいや、こんなに高濃度な旅行記は見たことがありません。後半の小野田少尉についても興味深いし面白いけど、勢いは断然前半です。本人書きたくなかったらしいんだけど、まわりが無理に書かせてくれたお陰で随分楽しめました。 |

ニューロ・ファジィ・遺伝的アルゴリズム 萩原将文著(産業図書) 難易度 ★★★★
ちょっと古くてファジィが流行った頃の本ですが、古いのが幸いして、素人が基本的な考え方を学ぶにはそこそこ分かり易い本でした。たまたまですが、最新の参考書から入るより、まずこの本で良かったかも。 |

右脳と左脳が別人格だということを最初に見出したのがガザニガだそうです。しかも、さらに調べると2つどころではないらしい。脳内の通信速度を考えると脳は大きいほどよいわけではない。実際に、ネアンデルタール人の脳は現代人のものより大きかったが、われわれの脳は大幅に並列化されたことによって高機能化しているそうだ。構造やメカニズムが分かれば勉強の仕方にも利用できるだろう。例えば英語を音読するとか。 |

生命の数理 巌佐庸著(共立出版) 難易度 ★★★★
反応速度式を使った数理の本です。ロジスティックモデルや閾値を持つスイッチのような反応などの基本に続き、概日リズム、所謂体内時計ですね、チューリングモデルと展開していきます。式はたくさん出てくるけど、兎に角分かり易い。概日リズムは特に面白かった。勉強になりました。 |

The Emergence of Life From Chemical Origins to Synthetic Biology
Pier Luigi Luisi著(Cambridge University Press) 難易度 ★★★★
副題にもあるように、所謂「化学」的に生命の起源を議論した本です。ミセルやベシクルについての基礎的、歴史的詳細についても丁寧に分かり易く書かれており、生命の起源抜きにしても教科書として使えるような良書でした。本筋から外れますが、ホーキングのような科学者であっても宗教の呪縛から逃れられないということには驚きました。一般的な日本人からは死角になり勝ちな観点でしょう。サスキンドの本から感じた違和感の正体が分かったような気がします。 |

フライデーあるいは太平洋の冥界/黄金探索者 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-9)
ミシェル・トゥルニエ著、J・M・G・ル・クレジオ著、榊原晃三訳、中地義和訳(河出書房新社)
前半はロビンソン・クルーソーのリメイク。無人島を1人で文明化するロビンソン、そこに現れる非文明人フライデー。いろんな隠喩が散りばめられているのでしょう。上から目線になるけど、よく出来た物語でした。後半の方が好み。父親の言葉を信じて海賊の残した宝物を探索する「黄金探索者」。おいおい、その選択はないだろうと突っ込みを入れたくなる場面がありながらの、非常に深いお話であるような気もしながらも、浅く読みました。南の島の情景が目に浮かぶようで、旅行好きとしては格別でした。 |

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)
ジャック・ケルアック著、青山南訳(河出書房新社) 難易度 ★★
いい加減な生き方をするアメリカ人の話。バカ話ばかりで全然感心しなかったけど、ケルアックは自然に溢れ出るような軽妙な文体が絶妙らしいので、原著を読んで評価しないといけないかも。当時の社会的状況や文学界の動向なんかも全く知らないし。原著読んで素晴らしい!って感動できるほどの英語力も感覚も持ち合わせてなくて残念。 |

ロード・ジム (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 3-3) ジョゼフ・コンラッド著、柴田元幸訳
(河出書房新社) 難易度 ★★★★
海難事故で主人公が立場を失うのだが、行き着く先がジャワ島という展開が面白い。そこで英雄に祭り上げられるのであるが、現地の描写に真実味がある。人の生き方を主題として全編重暗い雰囲気に包まれている割には、後半はスイスイと読めた。好みではないけど、さすがではある。 |

巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)
ミハイル・ブルガーコフ著、水野忠夫訳(河出書房新社) 難易度 ★★★
ブリキの太鼓を読んでいたとき、池澤さんの全集はちょっと変わったセレクションで評判だと永田先生から教わりました。そこで手にした2冊目です。二十世紀ロシア最大の奇想小説と紹介されるだけあって悪魔や魔女が入り乱れる超現実的で重厚な一冊。ではあるが、ブリキが衝撃的過ぎて…。超現実的な設定や描写に無理矢理感を感じたのは、恐らく宗教的、歴史的背景が分かってないからだと思う。ソ連で出版されなかったようなので、当時の情勢に反する隠喩も多々あるのだろう。楽しめるだけの準備不足だったような気がする。 |


イサベル・アジェンデ著、木村榮一訳(河出書房新社) 難易度 ★★★
マルケス、コエーリョ、リョサ、沢山読んだわけではないけど南米文学贔屓としては期待が高まる。読み始めると定番の超現実的展開も惜しみなく出てくるのであるが、どうもいらない要素が多いように思えてまどろっこしい。さすがにマルケスばりには書けないかと思いながらもいつものように耐えて進んで行くわけですが、我慢し甲斐がありました。というより、読んだからには読まない選択肢は無かったと思える。チリに2度遊びに行ったことがある関係でピノチェトや軍事政権の話は耳にしたことがあるが、そういうことでしたかと。さらには、南米にはそういう背景があったのですか、と納得させられた。しかも著者はクーデターで追い出された大統領の姪!? デビュー作!? 読んだ後も驚きの連続でした。 |


ボフミル・フラバル著、阿部賢一訳(河出書房新社) 難易度 ★★★
いかにも面白そうなタイトルでいかにも面白い本でした。これはいい。まあ言ってみれば禄でもないペーペーの給仕が紆余曲折経ながら成り上がったり落ちぶれたりするわけですが、なんだか非常に完成度の高い小説のような気がしました。チェコの街並みや由緒正しいホテルが目に浮かぶようで、そこを舞台に奇人変人が活躍する様がいかにも古都という感じで実にしっくりきます。フラバルはもっと読んでみたい。ケルアックに影響を受けたらしいけど、ケルアックは全くしっくりこなかった。不思議だなあ。 |

Shape and Structure, from Engineering to Nature
Adrian Bejan著(Cambridge University Press) 難易度 ★★★★
著者はコンストラクタルの法則の提唱者であるが、その発端となった排熱素子の設計から始まり、流れる液体の分岐や乱流、対流を考慮した場合など、具体的に詳細が書かれている。法則の全体像を把握するのに適した一冊だと思う。丁寧に書いてあるので、紙がなくても数式もかなり追える。 |


ギュンター・グラス著 池内紀訳(河出書房新社) 難易度 ★★★★★
共感を求めてないどころか端から拒否しているように思える。精神病院にいる主人公の回想という形で語られるが、チビで頭がおかしくて変な超能力を持つし、成長してもセムシだし、下品だし。話がとんでもないところに飛んでいくので、狂ってるんじゃないかと思いたくなるんだけど、いつの間にかまともになっている。現実と非現実の境界も曖昧模糊として振り回される。そんな内容で、2段組みっちり、しかも字が小さい。それが600ページを越える。薄々感づいていたけど、ハッピーエンドでもバッドエンドでもないし、人生の教訓を得るわけでもない。京極夏彦を何冊かまとめたような量を一気に読ませるとは、異常な才能だろう。世の中にはこんな桁違いの作家がいるんだな。ほかにも何人もいるんでしょうね。 |

進化の謎を数学で解く アンドレアス・ワグナー著 垂水雄二訳(文藝春秋) 難易度 ★★★★
最も効率的に書かれた完璧なプログラムを1字だけ書き換えると、当然動かなくなる。それがDNAだと、突然変異は死を意味する。では実際にはどれほどの変異に対する耐性を持つのか、それを代謝に注目して数学的にシミュレーションするわけである。組み合わせの5000次元の空間を伝って7、8割変えるまで機能を持続できるそうだ。その空間には、その機能を持つ組み合わせが点ではなく線でつながっている。別の機能もそうだ。そのため、その間でジャンプできる可能性が出てくる。なるほど、だから進化可能なのか。 |

進化のメカニズムを突然変異に頼ると、とても現実を説明できないらしい。なぜ進化できたかと言うと、副題の通り。実際にコアラでそれをモニターできる状況が進んでいるとのこと。本土コアラはウイルス感染、タスマニアコアラは未感染。一朝一夕では結論を出せないが、生きているうちにコアラの進化を見られるかもしれない。愛らしい見た目は変わらないと思うが。それはさておき、ウミウシの件に一番そそられた。葉緑体を取り込んで緑色葉っぱ状になり、口も失くしてしまう輩がいるらしい。DNAの水平展開(種間での交換)ではないか、つまり植物からDNAを取り込んでいるのではないかという話である。その真偽は定かではないが、別種の細菌間での遺伝子交換の論文を読んだことがある。直径10-100nmのナノチューブが形成され、それを通した遺伝子を始めとする様々な物質の交換が行われているらしい。ヒトもきっとやってるだろう。共存関係にあるものも多いだろう。むやみに除菌するのは如何かと思う。 |

我が足を信じて 極寒のシベリアを脱出、故国に生還した男の物語
ヨーゼフ・マルティン・バウアー著 平野純一訳(文芸社) 難易度 ★★
脱出記と同じくシベリアの収容所から脱出するノンフィクション。こちらはドイツ人単独。ドイツ人と言えば真面目な堅物にも思えるが、この人はまあトンでもなくいい加減で、何ヶ月もシベリア原住民の仲間入りしてみたり、盗賊2人と組んで旅した挙句に殺しあったり、盗んだりナイフで脅したり、ラウイッツを始めとする清廉でストイックなポーランド人とは両極端。併せて読むと一層楽しめる。おもしろいのに和訳版がないということで、一肌脱いで下さった素人訳者の平野純一さんに感謝します。 |


スラヴォミール ラウイッツ著 海津正彦訳(ヴィレッジブックス) 難易度 ★★
第二次世界大戦の最中、無実の罪によりシベリアで強制労働を余儀なくされたラウイッツ(著者)が、数人のポーランド人の仲間とともに収容所を脱出してインドへ向かう。着の身着のまま極寒の中での寝泊り、水筒すらないのにゴビ砂漠徒歩で突破、ヒマラヤ越え。いやいや、信じがたい。その上ヒマラヤでは雪男出現。フィクションでもこうは行かないと思えるようなノンフィクション。逮捕から収容所送還までの件は拷問もあって陰惨で読むのが辛いが収容所に収監されると不思議に開放的で、次々と繰り広げられる冒険譚を楽しく読める。脱出物の定番。 |


伊藤正雅 君(卒業生)の推薦
化学ものでは初めてこれはおもしろい‼と思える読み物でした。タイトルの3つに加えて全部で17のカテゴリーについて、歴史から始まり構造式、そして現代へと話が広がり、教科書とは全く別の化学薬品の一面が楽しめます。それでいて構造式に則って筋立てしているので、化学を学んでいる人の推進剤として最適でしょう。マリファナに興味のある人はチョコレートを食べるべし。 |


素晴らしい。よくぞ出版してくれました。伏見先生の戦前の連載物をまとめたそうですが、原子や電子についての長年のもやもやをかなりすっきりさせてもらいました。量子力学など新しい学問の黎明期には、既知の現象と新奇な現象との間を取り持つ様々なモデルが考えられたのでしょうか。このような内容を教科書に反映させるといいものができるように思います。 |

授業を変える―認知心理学のさらなる挑戦 米国学術研究推進会議 著(北大路書房)
難易度 ★★★★
内容盛り沢山ではあるが、特に印象に残ったのは次の2点。教育において創造力が求められるようになったのはほんの数十年のことであり、今われわれは試行錯誤の真っ只中にあるということ。および、幼少時から物理的認知力はかなり体得している反面、誤概念の形成も多々見られる。この場合、いったん誤概念をニュートラルに戻すところから教育する必要があるということ。言われて納得。 |


鈴木温先生(社会基盤デザイン工学科)ご推薦
最近の若者は自己中心的でいかんとお嘆きの方も多いかと思います。ところがどっこいその悩みは産業革命当時からあるそうです。オルテガの「大衆の反逆」を道標に21世紀における大衆化を議論し、原因と対処法を導きます。なるほどとうならされる反面、厳密に書かれているのでまどろっこしい。さらっと書かれた「プラグマティズムの作法」は物足りなく、一長一短ではあるけれど読む価値は大いにあります。 |


フーリエ変換やテイラー展開、rotなど、理系大学生がよくつまづく数学の概念を独創的な表現法で的確に、かつ簡単に示してくれます。数学の解説書で、しかも小さな印刷会社からの自費出版なのにベストセラーになっただけあり、分かり易い。苦労している人にはお薦めです。 |

生き物たちは3/4が好き ジョン・ホイットフィールド 著 (化学同人) 難易度 ★★★★
生物の代謝率は体積の3/4乗に比例するそうです。体積と表面積の関係から2/3乗かと思いきやなぜ3/4なのか、エネルギー輸送経路ネットワークのフラクタル次元やボルツマン因子を手掛かりに謎が解き明かされます。示唆に富んだ内容が多く、先進国の人間は30トンの霊長類相当のエネルギーを消費しており、そこから異常に低い出生率も説明できる話など、なかなか考えさせられます。 |

生物から見た世界 ユクスキュル/クリサート 著 (岩波文庫) 難易度 ★★★★
松儀先生(農学部)ご推薦
入口は★四つ、内容は星三つ。流れに乗ると俄然面白くなってきました。我々の視点、ハエの視点、違うのは当然のことながら、そこを調べていくと我々の見えてないものが分かってくる。知っていたようで全然知らなかった世界ですね。目の前にある探し物が見つからないのは何故か。研究者なら日常的に悩まされる問題にも通じる、認識、をテーマにしたちょっと異色な本です。 |


3部作です。パターン形成という観点から、生命とは何かという問題に対する回答が僅かながらも見えてきます。Nature誌のコンサルタント・エディターであるボール氏によるさすがと唸らせられる著作。化学反応と拡散によって説明される生物の模様、多角形の台風の目、心拍とBZ反応の関係など、生命体、非生命体に問わず世界がどのように形作られるのかひとつひとつ紐解くように明らかにしていきます。 |


長澤先生(教養教育)ご推薦
東大の須藤先生のエッセイ集です。学生の研究分野選びについて、「一番スーパーでのレジ選びのように、秀才が長蛇の列をなしている最後尾から始めるようなことはしないように」、との指南に対する学生の反応は…。さすが東大生!須藤先生のご意見に一々そうだそうだと言いながら一冊読み終えました。宇宙物理学の先生ですが関係なく読める軽妙な本ですので、是非ご一読下さい。 |

数学で生命の謎を解く イアン.スチュアート 著 (ソフトバンク クリエイティブ) 難易度 ★★★
生命にまつわる多種多様な現象を、数学で徐々に紐解いていきます。圧巻はセントラル・パターン・ジェネレータ。単純な素子(ニューロン)がネットワークを形成し、我々の複雑な動きを生み出します。逆に言えば我々の動きもネットワーク次第。ネットワークとパターン形成、これが生命現象の核心部なのでしょうか。この視点で見ると世の中の見え方がちょっと替わるかもしれません、僕みたいに。 |


ピーター・アトキンスが現代科学を動かす10大理論と題して、進化やDNAに始まり、量子力学や素粒子理論、宇宙論について、かみ砕いて解説。これぞ科学の醍醐味といった読後感が味わえます。量子力学や素粒子理論のような本来図や絵で描けない世界まで、なんとなく分かった気にさせてくれるので、物理の苦手な人にもお薦め。 |

エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する ブライアン・グリーン 著 (草思社)
難易度 ★★★
ベスト・セラー本です。量子力学、相対性理論、素粒子理論が題材なのに売れるだけあって、難易の強弱が絶妙で、かなり興奮させられました。宇宙は11次元からなり、そのうち3次元+時間次元だけ開き、残りは巻き上げられているそうです。本当かどうかはまだまだ分からない世界ですが、話が上手いので気持ちよく騙されて読みましょう。 |

宇宙のランドスケープ レオナルド・サスキンド 著 (日経BP社) 難易度 ★★★★★
宇宙物理学についての本です。アトキンスやグリーンと比べると情緒的な表現が目につき、少々難解ですが、内容は「エレガントな宇宙」以上でしょう。われわれの住む世界はポテンシャルエネルギーの局所的谷間の一つにあり、いずれはさらに低い谷間へと移り、その宇宙では別の物理定数が働くとのこと。原子核や電子が存在できない世界かもしれないようです。勉強になります。 |


意外な名著でした。オウムガイ研究界では恐らく知られた著者が、先人達の冒険を交えてオウムガイの浮力調節の謎に迫ります。冒険譚との絶妙なバランスで、ぐいぐい引き込まれました。研究室を飛び出して、大空の下で冒険しながらの研究には憧れるけれど、サメ(しかもヨゴレザメ)の真っ只中に飛び込むのだけはとてもついて行けません。それにしてもヨゴレザメをも言い聞かせられる酋長の力凄し。 |


長澤先生(教養教育)ご推薦
高校生相手の講義をまとめた一冊なので、簡単、しかも内容は突っ込んでいます。人間の行動原理、特に無意識部分の脳の処理を焦点に盛り上がり、生命を考える後半へとつなげる構成は見事。意志を持ったように動く、神経系を模した単純なシステム。コペルニクス以来下がり続けるわれわれ霊長類の立場は、一体どこまで落ちるのでしょうか。自己組織化の研究の世界もいずれこちらに踏み込むのでしょう。 |


これは面白かった。これぞ科学の極みではないでしょうか。重厚で、それでいて切り口鋭い内容に感服いたしました。全くタイトル負けていません。熱力学を基に、生命の起源に迫ります。プリゴジンの化学に留まらない広い視野と深い洞察力。ノーベル化学賞が霞むほど圧倒的な凄みがあります。難解な表現、素人泣かせの理論の跳び、その上初めの1/3は辛抱が必要ですが、それでもなお絶対的にお薦めします。 |


難易度 ★★★★★
これまで読んだ中で、一番インパクトの大きな科学書です。 圧倒的な情報量で、一節ごとに一冊ずつ本が書けそうです。サイエンスジャーナリストのガイ・マーチーが、世界の驚くべき事象を次々と紹介し、生命とは何かという命題に挑戦しています。さすがに文章が上手い。著者はバハーイー教の信者でもありますが、宗教書ではないので仏教徒も安心して読んで下さい。絶版です。ただし、アマゾンで安く買えます。 |


名著です。生物のかたちと大きさの関係について、簡単な物理学を使って体系づけた先駆者のようです。身長倍でも、歩く速度は√2倍。ノミと人間の垂直飛びはほぼ同じ。こういった事実が意外に簡単な物理で説明できます。目から幾つもの鱗が落ちました。細胞組織のかたちやらせん構造、かたちと機械強度 の関係、かたちの座標変換など、絵をながめるだけでもわくわくする本です。 |

結構メジャーな本なので、一般受け狙いの本かと思い長らく敬遠していました。タイトルについて解説した出だし部分より、それ以降がお薦めです。虫は呼吸しませんが、ではどうやって酸素を全ての細胞に送り届けているか。なかなか驚異的なことをやってます。ミオシンとアクチンからなる筋肉とは異なる、ウニ やヒトデを動かすタンパク質の性質にも驚かされました。パラパラと読める本です。 |

著者は東京医科歯科大学の寄生虫専門の珍しい先生です。長年人間と共に暮らしてきたカイチュウやサナダムシが体内から駆逐され、そのために花粉症やメタボのような弊害が生まれたと説いています。ご本人自らきよみちゃんやひろむちゃん(サナダムシ)を大事に体内飼育されただけに、説得力大です。著書多数でどれも大笑いしながら勉強できますが、ベストセラーということで本著を挙げておきました。 |


長澤先生(教養教育)ご推薦
蛮族西ヨーロッパ人が如何にアラブを凌駕したか。歴史に現れない革命が中世に起こり、ルネサンスの原動力となった。それが数量化革命だという本です。確かにMDLXIV(1564)なんて書いていたらガリレオの誕生日を書くだけでひと汗かけそうです。アラビア数字を開発したインド人様様です。音符がグラフ、簿記が表、絵画が幾何学へと、意外な展開に目から鱗が落ちる内容が盛り沢山です。 |

カタツムリが、おしえてくれる!―自然のすごさに学ぶ、究極のモノづくり
赤池学、金谷年展 著 (ダイヤモンド社) 難易度 ★★
最初の10ページに要点が凝縮されています。学科の皆さんは是非読んでみて下さい。再生可能なものづくりとは何か。これが本のテーマとなっています。大学の研究はこの観点から離れがちなため、非常に考えさせられます。過度のINAX称賛に辟易しますが内容はかなり面白く、釣られて常滑のINAXミュージアムにも行ってきました。 |

原発について、政治や経済の観点から分析しています。原発の問題点は技術面よりむしろ、運営面にあると認識できました。これまでの経緯からまともな運営システムが構築できていない現在、技術の発達如何に拘わらず、脱原発以外道がないように思えます。では再生可能エネルギーをどうやって普及させるか。これについても他国の具体例から、取るべき道が見えてくるようです。多少バイアスがかかった内容ですが、科学技術に対する別の視野を開いてくれるお薦めの本です。 |

六田先生(材料機能工学科)ご推薦
熱力学、統計力学、量子力学が苦手な人は是非読んでみて下さい!ガリレオ、ニュートンに始まり存命の科学者まで、生い立ちから理論の概略を含めて紹介しています。歴史的背景を理解すると、教科書では納得できなかった理論がすっと頭に入ってくると思います。マックスウェルの変人ぶりや、真面目一本のプランク、アメリカで原子力発電の第一歩を踏み出したイタリア人のフェルミなど、魅力的な人物が盛りだくさんです。 |

ナノテクノロジーを世に知らしめたドレクスラーは、MIT在学中にナノテクノロジーの世の中を徹底的に検証していました。その究極の形は自己複製可能なナノマシーン。原子操作ができるため、病気はなくなり不老不死となる。周囲に存在する元素を集めてステーキ肉を作り出し、果ては原子配列の完全コピーに よる人間の瞬間移動まで。いいような悪いような未来像です。夢物語のようですが、科学的にナノベアリングの設計やエネルギー計算までやって現実性を追究しているようです。 |


ファラデーが次々と実験をしながら少年少女に行った名講義から作られた本です。タイトル通り、ロウソクの燃焼から科学の深淵へと導く内容、高度な実験までその場で実演してしまう実験科学者としての技量にうならされます。原子とは何か。物質とは何か。本書を読んで、物質科学に対するどっしりとした土台ができてきたように思えました。 |

物理化学―分子論的アプローチ 上下巻 D.A.マッカーリ, J.D.サイモン 著 (東京化学同人)
難易度 ★★★
1から丁寧に説明してくれるこれ以上の物理化学の教科書はないでしょう。上巻は量子力学、下巻は熱力・統計。難解な式変換も逐一丁寧に進めてくれます。歴史的背景もしっかりと、かつ興味深く書かれています。 |

電気化学の教科書ですが、電極と電解液界面で起こる現象を、固体物理の概念で丁寧に解説してあります。表面準位の発生は電気化学に留まらない一般的な現象であり、固体表面を扱う人にとって非常に参考になる名著です。絶版で、しかも通販でも多分入手不可。上巻のみ持っています。 |

有機化学の有名な教科書です。電子の移動を考え、化学反応を体系的に理解できる作りになっています。化学と言えば暗記モノ、という概念を打ち破り、化学と物理を同じ土俵で議論できる下地作りに欠かせない一冊です。 |

数学の公式集です。高校数学を網羅した上で例題がたっぷり詰まっているので、一冊あると便利。 |

難易度 ★★★★
生物が作り出す無機物、つまり歯や骨、貝殻、有孔虫やプランクトンの殻などには、幾何学的に整然と配列したものが数多くあります。しかも単結晶の回折パターンを与えるにも拘わらず、古典的な結晶成長様式では説明できない単結晶らしからぬ形状(例えばウニの針)のものも多くあります。その謎が最近になって明らかになってきました。今後、ナノテクノロジーとも密接に関わってきそうです。 |

難易度 ★★★
生物が生きるためには呼吸をし、食物を摂取し、排出する必要があるのに対し、化学反応は通常は閉じたフラスコ内で反応させます。開放系と閉鎖系。この違いがどのような結果を生むのでしょうか。小さな穴の開いたコップに塩水を入れ、それを真水に漬けるだけで振動現象、引き込み現象、時間的・空間的な動的秩序構造の形成など幾つもの興味深い現象が観察できるのをご存じでしょうか。 |

アフリカにょろり旅 青山 潤 著 (講談社文庫) 難易度 ★
東大塚本研はニュースでもたまに耳にするウナギ研究界の雄。さすがトップだけあってやることがラジカル。これは研究か、はたまた探検か。確固たる学術的目的に背中を押されてとんでもない地域に足を踏み入れる若き2人の研究者。当然のごとくトラブル続出で綱渡りの毎日。果たして無事生還できるのか。生還できたから本が書けるわけだけど、教授もよっぽど肝の据わった人なんだろうなあと感服します。 |


か の有名な村上春樹さんがイタリア、ギリシャを中心に旅をした、というより長期滞在したときのエッセイです。ギリシャいいなあ、ということでこの本に触発されてクレタに行き、ウゾを飲んできました。初めは口に馴染まなかったのが今や一番好きなお酒になってしまいました。ウゾはなるほど悪いお酒かも。小説では「世界の終りと・・・」と「ねじまき鳥・・・」が好きです。村上さんのお父さんに国語を習いました。 |

読んだのは多分この本だったと思います。カヌーで旅をする楽しい手記かと思って読めば、日本の川の惨状の数々。確かになぜ川をコンクリートで固めて巨大ドブ化させるのか、幼少の頃から疑問でした。公共事業のカラクリ。野田さんに感化されて怒りが湧いてきました。カヌー紀行を楽しみながら、生の環境問題も学べるありがたい一冊です。近藤正臣さんのことも一層好きになりました。 |

椎名さんの本は兎に角たくさんあるし、どれも肩の力が抜けた巧妙な語り口が素敵ですが、南米ファンとしてはこの本にちょっと肩入れしています。南極に一番近い、荒涼とした地。そこで出会うスペクタクルな自然や陽気で親切な人々。それなのに、ソコハカトナク寂寥感が漂っています。まさしくそんな所だったなあ。読んで気に行ったら是非訪れて下さい。 |


日本唯一の辺境作家。早稲田大探検部出身。高野さんの本はどれもお薦めですが、大学生の皆さんにはこの本を是非読んでもらいたい、貧乏界の最高傑作。自分が浅狭な固定観念に囚われていることが実感できます。本人はうじうじと悩み続けているようですが、傍から見ると痛快な人生です。そのギャップが一つの読みどころでもあります。 |


ロッククライミングの第一人者である小西さんは、岩登りの練習と称して植村直己さんをグランドジョラス北壁に連れ出し、厳冬期第二登を目指します。氷点下数十度の大嵐の中、壁面で何日も過ごし、食糧も尽き、ようやく小西さんの闘志に火がつきます。アイスシャワーの中、冷えた素手で岩を殴りながら岩登り。細かなストレスに悩まされるわれわれの日常は一体なんなんだと考えさせられます。 |


世界初の五大陸最高峰登頂を成し遂げた植村さんですが、資金は100ドル。さまざまな人達と交流し、支えられながら旅と登山を続けます。本を読み、なぜ植村さんがカリスマ的存在なのか分かりました。お人よしと思える性格、非常識な率直さ、反して常軌を逸した行動力。こんな風に格好の悪い人になりたいですね。登山書というよりは、植村さんの人柄に触れる本と言った方がよいかもしれません。小西さんや植村さんは、どの本もお薦めです。 |

登山関係が続きますが、著者は現役の野口健さん。清掃登山でもおなじみの方です。小西さん、植村さんら初物を追う時代とは変わり、新しい価値観が見受けられます。前出のお二方同様、魅力的な人柄に加え、表現豊かで文才に富む登山家が多いのに驚かされます。他書もお薦めですが、学生の皆さんにはまずは本書がよいように思います。 |

難易度 ★★★
知人である藤尾さんの著書です。片道切符で北米に渡ったあと、日銭を稼ぎながら何年もかけて南下、チリ在住です。遺跡好きでインカの文字を発見しようとジャングルを1ヶ月間さまよい、原住民に槍持って追いかけられたそうです。中でもマチュピチュは別格で、私的調査やガイドとして確か100回以上足を運ばれたと聞きました。手記を幾つか読ませてもらいましたが、ユニークな着想や人並み外れた行動力はさすがです。 |


遠野物語、山の生活などが収録されています。高野秀行さんの“未来国家ブータン”に、「柳田國男の遠野物語を彷彿とさせる」、といったくだりに触発されて本書を読みました。遠野物語では村に伝わる言伝えや噂を数行から数十行でまとめたものが百ちょっと。ゴシップも多々あり意外にも笑いながら、原風景的な世界に浸れました。さすが名著です。山の生活では木地屋の存在を知りました。これまでのように平穏な気持ちで近江を通れなくなりました。ディープです。 |


高学年の児童書的な本ですが、内容はひたすら深く、人生の指針となる寓話や名言の宝庫です。一番印象に残ったのは幸せになる方法について教えを請いに、少年が宮殿に住む賢者を訪ねるくだり。少年は油の入ったティースプーンを持って宮殿を見て回るよう指示されます。 |

これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学 マイケル・サンデル 著 (早川書房)
難易度 ★★★★
受講希望者が多過ぎたため、ハーバード大の歴史の中で初めて公開講義となったご存知サンデルさんの著書です。講義内容とほぼ対応しており、身近な題材から正義について議論を深めます。例えば1人の犠牲による複数人の人命救助。ちょっとした状況設定の違いで正義かそうでないか、判断がぐらぐらと揺れ動かされます。結論のない議論に対する歴史的な取り組み、現代の潮流へと導いてくれます。 |

飼い食い 三匹の豚とわたし 内澤旬子 著 (岩波書店) 難易度 ★★
豚を3匹半年間飼い、潰して食べます。至極まじめです。本の装丁を自作したいというところから、屠畜取材、豚の飼育とエスカレートする筆者の徹底ぶり、生きることと食べることに真剣に向き合う意気込みに驚嘆させられました。手塩にかけた豚一頭の値が一体幾らになるのか。試算してみる件はたまらなく切なくなります。スーパーで豚肉が安いからと喜ぶ前にこれを読んで下さい。 |