「理系人に役立つ科学哲学」(森田邦久著、化学同人)2018/06/30(土)
うっかり「理系人に役立つ」というのに惹かれて読んでしまいましたが、これは難しい本でした。文章は至って平易なんですよ。書かれている内容も、そう苦労せずに理解出来る。でも、どこをどう「役立てれば」いいのか、イマイチわからない。これは、理系人の中でも「理学系」の研究者が手に取るべき本かもしれません。私は理学部出身ですが、今は工学系の学科に籍を置いているので、ちょっと距離があるかな。
「科学哲学」とは何かというと、「科学とは何か」「科学的であるとはどういうことか」を追求する学問分野である、と言ってよいでしょう。「科学」とひとくくりになっていますが、現代の科学は非常に細分化が進んでいるので、ある程度分野ごとに分けて考えないといけない面があると思います。本書では、分野ごとの議論として「量子力学の哲学」と「生物学の哲学」が紹介されています。理論物理の人は、こういう哲学的な議論を好んで行いますね。「存在とは何か」とか「観測とは何か」とか。
「化学(ばけがく)」を専門とする人は、あまりこういう哲学的な議論には関わらない傾向があります。二言目には「ごちゃごちゃ言わんといっぺん実験してみい」と言われますからね。また、「理論上はこうなる」というような議論は、もちろん大事なのですが、あくまでも「実験結果」との整合性が重視されます。これは「理学部化学科」の人も「工学部化学科」の人もだいたい同じ。そういう点では、「化学」と「科学哲学」の間の距離は、科学の他の分野に比べて大きいと言えるのかもしれません。
ただ、本書の第2部に出てくる「説明とはなにか」「原因とはなにか」「法則とはなにか」といった諸問題は、「化学を教える」立場からは、突き詰めておく必要があるのかもしれないな、と感じました。たとえば、「酢酸はエタノールより強い酸であるのはなぜか」という問いに対して、「酢酸の pKa がエタノールの pKa より小さいから」と返されると、「えー、その説明はダメだろ」と思うのですが、それはなぜか。そこには実は、「説明とはなにか」「原因とはなにか」という問題が横たわっています。一応私の答えとしては、「現象を同じレベルの別の概念で言い換えるのではなく、より根本的な物理法則に近いレベルに原因を求めなければならない」というものを用意しています。酸の強さを pKa で説明するのは単なる言い換えであり、カルボキシレートの共鳴安定化で説明するのは根本的な物理法則(量子力学)に近いレベルに置き換えているので、後者の説明がより好ましい、という理屈です。それでも、「レベル」とは何か、という問題が残る。現状では「いや、そこまでいちいち説明できないから、あとは察してよ」という態度をとってしまっています。大学というのは、そういうところをきちんと突き詰めるのが役割なんじゃないか、とも思います。
まだまだ消化しきれてないところがたくさんあるのですが、解決しない疑問をそのまま寝かせておくのも、ある意味大切なことです。日常の業務をこなしながらも、時々は考えていきたいと思います。ああ、一応ちゃんと締められた。よかった(苦笑)