問題のあるプレゼンテーション2017/11/17(金)
応用化学科では、2・3年生で履修する専門実験科目として「応用化学実験」があります。応用化学実験では、半期に1〜3回程度「発表」の時間があり、それまでの実験内容を10分弱程度のプレゼンテーションにまとめて発表する練習をしています。学生のプレゼンテーションは「わりと上手だな」と感じることが多いのですが、時々欠点が気になることもあります。私たち教員が「これはいかがなものか」と思うプレゼンテーションの悪しき特徴を、いくつか紹介してみます。
何よりも強烈に「うわーダメでしょ」と思うのは、無駄なアニメーション満載のプレゼンですね。実験手順を説明するのに、いちいちビーカーの中の試薬がフラスコの中に移動するとか、フラスコの中の溶液が分液ロートに移動するとか。予備知識を持たない人向けに化学実験を説明するのなら一定の効果があると思いますが、今回のプレゼンは「同業者」向けですよね。そういう場合は、全員が知っているはずの内容は極力簡素化すべきです。また、アニメーションは時間がかかりますので、「それなしでは内容を理解するのにもっと時間がかかってしまう」場合に限定して使うべきです。持ち時間(今回は8分)を有効に使わないといけない。
もう一つ、学生のみなさんが勘違いしがちなのが、写真の使い方です。写真は聞き手の印象に残りやすいので、つい使いたくなりますが、「その写真を使ってどういう科学的メッセージを伝えたいのか」をよく考えないといけません。たとえば、白い結晶の写真を載せたとします。その写真がよく撮れていれば、「白い結晶がとれた」という強いメッセージが伝わるでしょう。でも、その事実は、実験の内容の中で一番重要なことですか? IR や 1H NMR の結果が正しく解釈できたことの方が、もっと重要ではないのですか? そうだとすれば、結晶については「白色結晶」という事実だけを文字で伝えて、他の重要な結果に注目が集まるように、プレゼンテーションを組み立てるべきでしょう。
科学プレゼンテーションのポイントは「自分を印象づけること」ではありません。そういう指導をする人もいますが、科学や実験事実に対して不誠実な姿勢だと私は考えます。最も重要なのは、科学的内容を正しく伝えることです。実験の再現に必要な情報を(すべてではないにしても、重要な部分は)提供し、得られたデータについて客観的に評価し、得られた結論を第三者の批評に耐えうる形で提示することです。
プロフェッショナルのプレゼンテーションは、Instagram や Facebook でのアピール合戦や、小学生の総合学習のような「仲間同士の確かめ合い」とは全く質の違うものです。プレゼンの結果をもとにして、厳しい議論を重ねて、よりよい結論に導こうと努めるのが、プロの科学者・技術者というものです。大学で学ぶからには、プロの行動基準に少しでも近づけるように、研鑽を重ねていただきたいなと思います。