
対数らせんの成長
生体の持つ機能や構造、成長機構などを解明し、人工的に似たようなものを作り出す、バイオミメティック(生物模倣工学)が注目を集め出しています。科学技術が目覚ましい勢いで発達しているとは言え、DNAやタンパク質に代表される生体材料や生体機能はまだほんの一部分しか再現されていません。歯や骨、貝殻、プランクトンの殻など、様々なバイオミネラル(無機生体材料)の中にも、私たちの知らない世界が広がっています[1]。例えば海に広く分布するプランクトンの一つ、円石藻の表面骨格は、イソギンチャクを上から見たような殻を幾つも身にまとっており、その精巧な各部分は単結晶でできています。また、ウニの棘が単結晶のような回折スポットを与えるにもかかわらず、孔が規則正しく並んだ多孔質体でできていることも知られています。このように、身近な生物も従来の単結晶の概念を超えた無機構造を形成し、高機能を実現しているのです。こういった構造がどのように形成されるのか、長年解明されない謎として残っていましたが、近年ナノテクノロジーの発達に伴ってナノサイズの材料合成や測定技術が爆発的に進歩し、ようやくその未知の扉が開かれようとしています。
私たちのグループは今年からこの分野の研究をスタートさせました。課題の一つとして、対数螺旋構造の成長を実現したいと考えています。右下図は、球状螺旋型炭素ナノ粒子の電子顕微鏡像[2]です。直径の小さなカーボンブラックに電子線を集光して照射を行うと、多層フラーレンであるナノオニオンが生成しますが、その前駆体として螺旋構造が現れることを私たちは以前に明らかにしました。このような等間隔に巻かれたアルキメデス螺旋構造として、結晶成長における螺旋転位などがよく知られており、人が作り出すことができます。しかしながら対数螺旋については、貝や角などの天然物に頻繁に見られるにも関わらず、人工的な成長が極めて困難であり、私たちの知る限り3次元に連続的に成長する系はまだ報告されていません。
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巻貝にみられる対数螺旋構造 | 球状らせん型炭素ナノ粒子[2] | ||||
炭素ナノオニオン(多層フラーレン)生成における前駆体として現れる。ここでは8層に わたる開いたフラーレン殻の螺旋構造が観察されている。 |
下図は、シリカ粒子を液相で成長させたときの生成物の電子顕微鏡像です。実は古くから知られていることですが、様々な系において界面活性剤などの有機分子や無機微粒子の共存下で結晶成長させると、従来の結晶成長学では説明できない形状を持つ粒子が成長します。この現象が最近見直され、図のような多様な形状ができることが分かってきました。対数螺旋構造は見られないものの、条件によってはへリックス型、つまりバネのような形状の粒子も成長することが分かりました。一体どのような形状が生まれてくるのか、どうやってそれらが成長するのか、それを調べるだけでも研究課題としては十分過ぎる魅力がありますが、この現象が対数螺旋構造成長の糸口になる可能性も大いにあるように思われます。
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界面活性剤存在下で成長させたシリカマイクロ粒子 ([3]を参考に合成) |
バイオミメティックは私たちにとっては未知の分野です。しかしながら、生体はナノ材料から構成された複合体であり、しかも炭素は生体の主要元素です。私たちの得意とする炭素ナノ材料分野とは、かなりオーバーラップしてくるでしょう。これまで培ってきた知識、あるいは現在進めている研究とリンクさせ、新しい領域を開拓できるのではないか。そういう期待を持ってこのテーマに取り組んでいます。
[1] "Controlling mineral morphologies and structures in biological and synthetic systems" F.C. Meldrum and H. Cölfen, Chem. Rev. 108, 4332-4432 (2008).
[2] "Continuously growing spiral carbon nanoparticles as the intermediates in the formation. of fullerenes and nano-onions." M. Ozawa, H. Goto, M. Kusunoki, and E.Ōsawa, J. Phys. Chem. B 106, 7135-7138 (2002).
[3] "Shell mimetics" G. A. Ozin, H. Yang, I. Sokolov, and N. Coombs, Adv. Mater. 9, 662-667 (1997).