電気化学のシミュレーション2020/02/05(水)
うちの研究室では、有機化合物の電気化学反応をよく取り扱っています。「人工光合成」の研究には、酸化還元の議論が不可欠だからです。電気化学の測定方法で最もよく使っているのが、サイクリックボルタンメトリーです。サイクリックボルタンメトリーは、比較的手軽な測定方法である上に、得られる情報が非常に多いため、研究現場では欠かせない手法です。
サイクリックボルタンメトリーは、単に酸化還元電位を調べるためだけではなく、酸化還元に伴う他の反応を調べるためにも有用です。例えばこういう反応ですね。
1電子還元して得られた生成物が、さらに他の物質に変化していく、という反応です。「EC 過程」と呼ばれています。こういう過程では、サイクリックボルタンメトリーが通常の形とは異なって、「帰りの波」がつぶれたように見えます。還元生成物が一部失われて、再酸化されなくなるためです。(この例では、1電子還元と同時にプロトン化も起きているので、さらに複雑です。ここでは、プロトン化は可逆的に起きるものとして、そのあとの C-C 結合生成反応に注目することにします。)
さて、このように「つぶれた」ボルタモグラムの結果を理解するためには、数値計算によるシミュレーションが有効です。DigiSim などの市販ソフトウェアがありますが、無料で使えて、中身も理解できるような(オープンソースの)ソフトウェアはないものか?と探してみたところ、Excel のシートでやっている論文を見つけました。(J. H. Brown, J. Chem. Educ. 2015, 92, 1490-1496. https://doi.org/10.1021/acs.jchemed.5b00225)。Supporting Info に Excel シートが公開されていたので、さっそくダウンロードして開いてみました。おお、ちゃんとシミュレートできてますね。
実は、学生に「Excel とかでできないんですか?」と聞かれて、「そんなん無理ちゃう?」と適当に答えたあと調べてみたら、速攻で見つかったという…適当に物を言ったらいけませんね。
この Excel シートは、基本的な電気化学過程を理解するという点で、教育的な目的にはとても有用です。拡散方程式を数値的に解くのにセル間の計算式を使っていて、関係が理解しやすい。また、定数を変えると即座に結果が反映されるのもよい。ただ、シートを使っていることで、欠点もあります。セルの数を変えたり、関連する反応式を増やしたりしようと思うと、非常に手間がかかります。このため、電気化学の研究レベルで使うには、ちょっと力不足です。もう少し検討する余地がありそうです。