名城大学理工学部 応用化学科 永田研究室
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ブログ「天白で有機化学やってます。」 ブログ「天白で有機化学やってます。」
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STAP細胞騒動2014/03/12(水)

理研のSTAP細胞。最初は「若い研究者の素晴らしい発見」として賞賛の嵐だったのですが、その後論文に多くの致命的な問題が見つかり、結果自体も疑問視されているという大変残念な状況になっています。現時点では、論文の共著者の一部はまだ「些細なミスはあったが基本的には真実だ」と頑張っておられますが、当事者以外で科学の素養を持っている人は多くが「こりゃだめでしょ」と感じているようです。何しろ、今回の論文の主張を裏付けるための最も重要な写真が、筆頭著者の博士論文で使われていた全く違う実験の写真の使い回しだというのですから、「ミス」で片付けられる話ではありません。論文の科学的信憑性は限りなくゼロに近づいたと言えるでしょう。取り下げの動きが出るのは当然です。

今回の騒動で、ヘンドリック・シェーンの捏造事件を思い出した人があるようです。私はむしろ、「キナーゼ・カスケード理論」の事件を思い起こしています。この事件と今回の事案には共通点がたくさんあります。分野が生命科学であること、社会の関心が高い重要課題であること(キナーゼ・カスケードはガン化の機構、STAP細胞は再生医療)、ボスが革新的な仮説に強い信念を持っているけどなかなか実験的に証明できなかったこと(キナーゼ・カスケードはラッカー教授、STAPはヴァカンティ教授)、新たに参入した若い研究者が鮮やかな実験データを次々と出してボスの仮説を証明したこと、著名な学術誌に論文が発表され(キナーゼ・カスケードはScience、STAPはNature)ノーベル賞確実と騒がれたこと、しかしその研究者がいなければ実験結果は決して再現できないこと、等々。キナーゼ・カスケード事件では、疑いを持った同僚研究者が注意深く共同実験を行うことで、タンパク質を作為的に混入させることでデータが捏造されていたことを明らかにしました。今回STAP細胞とされたものからマウスが誕生した経緯はまだ明らかではありませんが、共同研究者の一人(若山氏)が外部に調査を依頼すると表明されていますので、いずれ明らかになることでしょう。

私は、「キナーゼ・カスケード」事件の顛末を「背信の科学者たち」という本で学びました。実は、1/30にSTAP細胞の報道を見たとき、即座にこの事件のことが頭に浮かび、「なんかキナーゼ・カスケードと構図がそっくりだよなあ…大丈夫かな?」と思っていました。まあ、こんな「後出し」はともかく、共同研究者の人とか、理研の広報の人とか、報道に関わった人とかの中に、ちょっと警戒して見る人は全くいなかったのかな?と残念に思います。「生データは確実に残してありますか?」「他の人が実験してもちゃんと再現しますか?」などと、科学的には当然のことを慎重に確認してから進めば、あんな前のめりのプレスリリースを出して大恥をかかずに済んだでしょうに。ただ、ボスの先生があまりに強い力を持っていると、研究内容に懐疑的なことはうっかり口に出せない雰囲気になることもよくあります。これは科学的にはたいへん不健全でまずい状況なのですが、それに近い状態だったのでしょうか?

強い科学的信念を持っていることは、研究者として立派なことです。しかし同時に、よい研究者であるためには、自分たちの研究を突き放して懐疑的に見られる冷静さも持ち合わせていないといけない。科学的に健全な批判精神を身につけていれば、不正なデータ加工に手を染めたり、他人の不正に巻き込まれてとばっちりを食ったりすることは避けられるでしょう。また、健全な批判とケチをつけるのとは違うので、そこらへんも含めて、見抜く力をつけておきたいものです。

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